日本の医療、閣議決定の呪縛

最近、医師が不足しているという話をしょっちゅう聞くようになった。世界的に比較するのに最もよく出てくるのがOECD(経済協力機構)のヘルス・データだ。加盟国平均が人口1000人当たりで3.1人。日本は2.0人である。日本の医師の数は24万人ぐらいだから、加盟国平均に近づこうとすれば、あと12万人も増やさねばならない。もっとも人口全体が減るから、分母が小さくなれば状況は改善する。つまりわれわれ団塊世代の年寄りが早く消えていなくなることを厚生労働省は待っているということなのだろうか。

それでもわからないのが、なぜ厚生労働省が医師の需給を予測し、それに従って文部科学省が医学部の定員を決めたりするのか、ということである。1982年、医師については全体として過剰を招かないように配意し、適正な水準となるよう合理的な養成計画の確立について政府部内において検討を進める、という閣議決定がなされている。そして1986年には1995年をめどに医師の新規参入を最小限10%削減すべきであるとの厚生省(当時)「将来の医師需給に関する検討委員会」の最終意見が出された(ちなみに厚生省の吉村仁氏が書いたいわゆる「医療費亡国論」は1983年である)。

「閣議決定」というのはなかなか重い決定であるだけに、医師の養成に関しては、現在でも基本的にはこれに縛られている。現場で医師不足が叫ばれ、地域の中核病院で次々に診療科の閉鎖が起きても、厚生労働省は「将来的には余るが、今は偏在しているため一部地域で不足している。そうしたところでは医学部の定員を若干増やす」という「微調整」の立場を崩していない。

どの職業が将来的にいいかを予測することはほとんど不可能である。産業の将来ですら予測しがたい。たとえば戦後間もないころ、大学出の学生たちが就職したがった産業といえば、繊維、石炭、砂糖などだった。いずれの産業もかなり早い時期に斜陽産業になっている。トヨタ自動車に戦後間もないころに入社した人に、なぜトヨタを選んだのか話を聞いたことがある。その当時のトヨタは、果たして生き残ることが可能かどうかまったくわからなかった会社だったからだ。その重役はこう答えた。「まだ焼け野原が残っていたころだから、地元には他に雇ってくれる会社がなかった」

まさか、どんな産業でどれだけの人数が必要か、なんてはじいて大学の定員を決めるわけではあるまい。IT化が進めばコンピュータ関連のエンジニアが不足すると一時期ずいぶん騒がれたが、今となってみれば一部では急激に外国へのアウトソーシングが進んでいる。日本の国内だけで労働者の需給を考える時代もすでに終わってしまったのである。10年前にIT産業が現在の姿をお役所が予測していただろうか。

だいたい医師が余ったら、何が問題なのか。病院がたくさんの医師を抱えるようになるから、その結果、効率が悪くなり、医療費が増えてしまうということだろうか。日本の現在の医療費支払い制度から言えば、医師の頭数は原則的に病院の収入と関係はない。それとも開業する医師が増えるから競争が激しくなって、既存のクリニックの経営が脅かされるということだろうか。これはありうる話だが、患者があちこちのクリニックを「はしご」するわけではないから、医療費全体としては変わるまい。すると既存のクリニックが既得権益を守るために、医師の数を抑制せよと圧力をかけたから、医学部の定員が削減されてきたというのが、もっとも説得力のある説明ということになる。

医師の数を議論するときに注意しておかなければならないことがある。たとえば地域の中核病院で、ある診療科がなくなるケースを想定してみる。医師がいなくなるから診療科がなくなるというのはわれわれ素人でもわかる。しかし、5人の医師で回していた診療科で1人の医師が辞めてもその科はやはりなくなってしまうことがある。残りの4人では回せないほどの仕事量になるからだ(いわゆる「仕事算」をしてみればすぐわかる。4人の仕事量はそれぞれ25%増しになる)。つまり医師の数が20%減ったときに起こることは、診療が20%減るのではなく、残った医師の仕事が25%増え、その負担に耐えられなくなって診療科そのものがなくなってしまうということなのである。4人の医師はどこに行くのか。他の病院に移るか、開業する。それが今、日本の医療の現場で起こっていることだ。

最近は医師の需給に関する検討委員会でも、こうした医療現場に関する議論はあるようだが、それでも厚生労働省が大きく方針を転換することがないのは、閣議決定の呪縛がそれほど強いということなのか、自分たちの需給予測に自信があるということなのか。それとも開業医を中心とする医師会の政治的圧力がいまだ健在という証なのだろうか。

四半世紀も前の「官製需給予測」が生きている日本を見ると、IT時代に日本という国が取り残されるのも無理はないという気がしてくる。道路建設の中期計画も10年から5年になろうとしているのに、これはいかがなものかと思いますよ、舛添さん。

(Copyrights 2008 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/142250/40795405

コメント

コメントを書く

ページトップへ