手詰まり
政府・与党がようやく日銀総裁に武藤敏郎副総裁を昇格させる人事案を国会に提示した。この人事には衆参両院の同意が必要なのだが、民主党は「財金分離論」を振りかざして反対する意向である。というよりも、そういう反対論をブチ上げてしまったので、どこでどう妥協するか悩んでいるのではなかろうか。とにかく野党が反対をすれば参議院でこの人事は止まってしまう。
財政と金融の分離という議論も一理ないわけではない。たとえば、バブルが高じてきたときの日銀総裁は、大蔵省出身の澄田智総裁であった(任期は1984年から89年)。この時期、日銀は資産インフレ(土地や株と言った資産が値上がりする)を見逃し、結果的に景気のバブルが手に負えなくなるほど膨らむのを助けてしまった。
財政当局は景気がよくて税収があがればそれでいいし、景気が悪くなれば借金をして財政支出を増やす(公共事業がその典型だ)ことに躊躇しない(その結果が800兆円という大借金である)。さらに政治家との付き合いは仕事の一部である。これに対して金融当局は、政治家や官僚からは距離を置かねばならず(それが独立性だ)、選挙のために景気を悪くしないようにするなどという政治的な思惑ではなく、できるだけ純粋に経済の論理で考えなければならない。
FRB(米連邦準備理事会)議長であるグリーンスパン氏の自伝を読むと、景気の先行きを読みながら金融を調節するよう心がけ、そこに政治的な思惑を介入させないという姿勢を保っていたように見える。実際にそうであったかどうかは確認のしようもないが、政治的介入を受けなかったというのは、共和党のブッシュ(パパ)政権、民主党のクリントン政権、そしてまた共和党のブッシュ(息子)政権とその地位を守り続けてきた(つまりは大統領から任命されてきた)ことからもうかがえる。
中央銀行とは、通貨の価値を守りつつ、いかに景気の波を緩やかにするかという課題を抱えている。過熱していると思えば金融を引き締めなければならないし、冷やしすぎないように細心の注意を払うことも必要だ。景気をハードクラッシュさせるのではなく、ソフトランディングさせるのである(その点では、とにかくバブルのときから今日まで、日銀に対する世界の中央銀行の評価は非常に厳しいものがある。バブルをさんざん膨らませて、それがはじけてデフレに落ち込ませたのは、要するに無策であったというのだ。もちろん自民党や政府に対しても世界の目は厳しい)。
今回の日銀総裁人事には世界が注目しているという。しかし注目しているのは誰が日銀総裁になるかということではあるまい。金融収縮に悩む世界経済を打開するために、アメリカのFRBをはじめとして政策協調が取られているが、実際のところ日銀ができることは非常に限られている。政策金利はわずか0.5%の水準でしかない上に、デフレからも完全に脱却できたわけでもない。逆に言えば、誰がなっても何もできない状態だ。
世界が注目しているのは、むしろこの総裁人事を福田首相がどう仕切るのかということだ。イージス艦の事故、道路特定財源問題、そして日銀総裁人事。ここをどう乗り切るのかを見ていれば、福田首相がいつまで保つのかが読めるかもしれない。そういう眼で見ると、今の政治は何ともリーダーシップを欠いて波の間に漂っているような感じがする。要するに福田首相は、ビジョンとは最も縁遠いリーダーだということが改めて確認されるだけではないかと思う。
自民党では、衆議院の解散は行わず、来年9月まで任期いっぱいやるという方針を確認したのだそうだ。福田総理の強い意向があるのだろうと思う。しかし、これで喜ぶのは次の総選挙で勝てるかどうかわからないいわゆる小泉チルドレンだけ。国民から見れば、衆議院は自民党の圧倒的多数、参議院は野党が過半数という「ねじれ」がいっこうに解消されない状態があと1年半続くということになったということだ。
もちろん解散総選挙をやっても、民主党が衆議院で過半数をとれるとは思えない。権力に手が届くところに近づけば近づくほど、寄り合い所帯のなかで主導権争いが強まる。有権者がそれを見れば、民主党に嫌気がさす可能性は十分にある。もっとも与党のほうも必ず議席を減らすから、いよいよ3分の2で衆議院の意思を押し通すこともできなくなる。そこで初めて政界再編ということになれば、もう少しそれぞれの議員の立ち位置がはっきりする政治になるかもしれない。
そう考えてくると、いまはできるだけ政治を混迷させるのがいいのかもしれない。混迷が深まれば深まるほど、政治への危機感も強くなるだろうし、そうなったらとにかく衆議院の解散総選挙をしなければならなくなるからである。もし福田政権がそういう役割をもった政権だとしたら、これははまり役である。
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