情報の重み

海上自衛隊のイージス艦が漁船と衝突した。事故の原因は何か、現在海上保安庁で捜査中だが、いつものことながら自衛隊、防衛省側の初動の遅れや情報開示の鈍さなどが目立つ結果となっている。世界最新鋭のイージス艦であるから、前方に漁船団がいたことは早くから知っていたはず。相手が勝手に避けるだろうと思いこんで自動操船で直進していたなどと聞くと、早朝の幹線道路で信号を無視して突っ走る無法ダンプを思い浮かべてしまう。それも、ダンプと軽自動車どころではない、ダンプと乳母車ぐらいの違いがあるのだから、ぶつかったら漁船のほうはひとたまりもない。

この一連の動きの中で最も気になったのは、沈没した清徳丸の乗組員の親族を事故現場に連れて行った横須賀地方総監部の山崎郁夫幕僚長が、帰港したときに「取材に応じることなく無視してください」と言ったことだ。親族からの又聞きであるために、各紙表現がまちまちであるから、正確にどのように言ったのかはあまりはっきりしない。報道陣から真意を問われて、山崎幕僚長は、「トイレに行きたいという人や船酔いを訴える人がいたから取材に応じないでそのまま進んでくださいと言った。口止めするつもりはなかった」と釈明したそうだ。

こんな釈明をまともに受け止める人は誰もいないだろう。とっさに言い繕おうとすると、そうそううまいことが言えるわけもなく、どう考えても妙な言い訳になってしまうものだ。要するに、山崎幕僚長としてはマスコミに余計なことを言ってもらって、それが大きな記事になっては「引率責任者」の自分が後から困る、それを心配しての「口止め発言」だったのだろうと推測しても、そう大きな間違いはないだろうと思う。

これが自衛隊の体質と言ってしまえばそれまでだが、実はこういった場面というのは取材現場のあちこちでみられることなのである。だいたい権力を行使する人間にとってマスコミは「敵」だから、そのマスコミにべらべらしゃべる人間は好ましくない人間ということになる。こういった感覚こそが、日本の民主主義が未成熟な証拠だと思ってしまうのは偏見があるだろうか。

つい先日『大統領暗殺』という映画をDVDで見た。その映画は「ブッシュ大統領暗殺」という(もちろん架空の)事件をドキュメンタリー的に構成した映画である。事件が起きる数時間前、ブッシュ大統領の車列がデモ隊によって阻止される。そして警官隊に排除されるのだが、その場面を振り返って警察の幹部はこう語る。「抗議するのは市民の権利ではあるが、あれは行き過ぎだったから、実力行使を決断した」。日本の警察だったら「デモをするのは市民の権利だが」という前置きはきっとないだろうなと思う。

いつも不思議に思うことだが、警察にしても自衛隊にしても、自分たちは警官や自衛官である前にまず日本の市民であるという感覚はないのだろうか。市民こそが主権者であり、公務員は「公の僕(しもべ)」であるという言い方は、やや公正さを欠いている。公務員もまず市民である。「僕(しもべ)」という言い方にはどこか市民の側の優越感をにおわせるところがあって、あまり気持ちがよくない。同時に、公務員は職務に忠実である前に、まず市民として社会に忠実であることが求められるのだとも思う(もちろんこれは民間企業でも同じことだ。会社に忠実である前に、社会に忠実でないから偽装が長期にわたって続いてしまう)。

そしてメディアは、市民の知る権利に直結する重要な機関だ。そのメディアに十分な情報を提供することは役所の仕事の一部である。役人がその仕事をどれほど大事な仕事だと思っているかは、問題が発生したときによくわかる。できるだけ都合のいい情報を口裏を合わせて出そうとすれば、当然遅れるし、場合によってはつじつまの合わない情報が出て、後から突っ込まれることになる。できるだけ正確な理解を得るために(たとえそれが自分たちの組織にとって不利であるとしても)、きちんと説明する努力を続けることこそ、公正な報道につながる。それが社会にとって必要なことだし、そうしなければ自分の組織が社会に正しく認知されないからである。

そういった観点から日本政府のホームページを見ると、いかにも情報の出し惜しみという感じがする。皮肉な言い方をすれば、日本政府ほど情報の価値を承知している政府は世界に類を見ないのかもしれない。情報を握ることこそパワーの源であることがよくわかっているからこそ、情報社会であるというのに国民に知らせないという姿勢を根強く持っているということなのだろうか。しかしそれで自分たちの権力基盤は守られるとしても、長い目で考えると、日本社会のパワーの源が涸れていくのである。なぜなら情報とは社会の活力をすみずみにまで伝える血液のようなものだからだ。

「伝えるべきはお伝えし」なんてのんきな父さんみたいなことを言っている場合ではないのかもしれませんよ、福田さん。

(Copyrights 2008 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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