衰退する日本
内閣府が12月26日に発表した国民経済計算で、日本の一人当たりGDP(国内総生産)がOECD(経済協力開発機構)の中で18位に転落した。2004年は12位、2005年は15位だった。IMF(国際通貨基金)やCIA(米中央情報局)あるいはペンシルベニア大学のランキングでも、それぞれ20位、16位、22位という数字が発表されている。順位が異なるのは、それぞれのちょっと異なる購買力平価で換算されているためだが、いずれにしても日本の実力はこれぐらいであるということだろう。さらに世界経済に占めるウェイトでは、アメリカが27.2%、EUが28.3%であるのに対し、日本は9.1%ととうとう10%を切ってしまった。
一時は世界第2位(1993年)にもなり、ジャパン・アズ・ナンバー1とまで持ち上げられたこともあるのに、いつの間にかずるずると後退してきた。1位のルクセンブルグと比べると、どの統計を見ても2倍以上違うから豊かさの差としては非常に大きい。日本の国内で暮らしている限り、彼我の実力差を実感することがしょっちゅうあるわけではない。しかし海外に行くとてきめんだ。
たとえばロンドン。地下鉄の初乗りは4ポンド。現在の為替レートで換算すると900円である。われわれの感覚からすると滅茶苦茶に高い。料金先払いのカードなら1.5ポンドと大幅に安くなるが、それでも340円ぐらいの計算だ。もっとも日本の「絶頂期」だった1980年代後半には、日本は世界一物価の高い国と言われた。当時、アメリカでホテルのコーヒーでも1ドルぐらいだったと記憶するが、日本のホテルでは700円ぐらい。為替レートは100円から120円ぐらいだから、アメリカ人などが日本に来ると、そのあまりの高さにビックリしていたものである。
しかし問題は旅行に行ったときに感じる物価の高さではない。ランキングでは、ルクセンブルグ、ノルウェー、アイスランド、アイルランド、スイス、デンマーク、スウェーデン、オランダ、フィンランド、イギリス、オーストリア、ベルギー、フランス、ドイツ(アメリカは第7位)といった国々が日本の上位にいる。つまりヨーロッパの国々の「底上げ」が著しく進んでいるということが明らかである。ちなみに、1989年に日本の上位にいた国はスイスとルクセンブルグの2カ国だけである(日本は第3位、アメリカは第8位だった)。
ヨーロッパはEU(欧州連合)を1993年に発足させ、1999年には単一通貨ユーロを導入した。国境の壁を取り払い、国の枠を越えた経済共同体を発展させてきたのである。第二次大戦が終わってほとんど間を置かずに欧州は各国間の経済協力構想を始めた。長い時間をかけてそれを熟成させ、発展させて、単一統合市場そして一部では不可能とさえ言われた単一通貨も実現してきた。
もちろんEUには課題もある。経済統合からもう一歩進んで政治統合にまでいたるにはまだ多くの障害があるし、加盟国の増加は当然のことながら移民問題などさまざまな摩擦も生む。実際、現在加盟を申請しているトルコなどはすんなり認められそうにはない。それでも世紀にまたがるこの大プロジェクトを育て上げてきたヨーロッパ諸国の粘り強さには感服する。
そこで日本を振り返ってみる。戦後の日本には長期的なビジョンはあっただろうか。もちろん戦後復興というのもビジョンに違いない。産業復興という具体的な目標があり、そしてある程度めどが立ってからは、先進国に追いつき追い越せという目の前の目標があった。しかし何十年も先を見据えたあるべき日本の姿というビジョンにはついぞお目にかかったことがない。新しい日本の姿をリーダーによって提示されたことはあっただろうか。
小泉首相は日本の宰相の中ではビジョンを語った総理だと思うが、それでも改革の向こうに何があるのかまでは語らなかったように思う。そしてそうしたビジョンの中に、たとえば韓国や中国をはじめとするアジアの諸国までどう巻き込むかという視点はほとんどなかった。安倍首相の美しい国はあまりにも説得力がなく、福田首相にいたっては準備不足からか何もビジョンらしきものが感じられない。
ここに日本の大きなリスクがある。世界は今大きく変わろうとしている。アメリカの一極支配は政治的にも経済的にも崩れつつある。その世界が日本にとってどのような意味を持っているのか、その中で日本はどのような役割を担おうとするのか、そういう大きな絵を今描かなければならないときだと思う。一昔前のように国を挙げてただただビジネスを一生懸命やっていればよかった時代はとっくに終わっている。いま私たちは、あるべきこの国の姿を真剣に議論しなければならない時代にいると思う。
しかし不幸なことに、現在のわれわれのリーダーは、福田首相であり、参議院は野党が多数を占めている。福田さんは、野党も含めて国民をぐんぐん引っ張っていくような首相ではない。そうやって政治が停滞というか改革とは逆送している間に、日本の存在感は着実に薄くなっている。そういう現実を冷徹に示した数字が一人当たりGDPにおけるこの順位なのだ。
もちろん世界第2位に返り咲こうとする必要はない。18位のままでもいっこうに差し支えない。しかし日本はまだ世界第2位の経済大国なのである(EUをひとまとめに考えれば3位)。もうすぐ中国に抜かれるとはいっても、その経済大国が世界で何をなすべきなのか、アジアの安定と平和のために何ができるのか、そういったことを改めて考えることもないまま、ずるずると存在感を失っていくのは、日本と日本人にとって不幸なことだと思う。
来年も政治が停滞しつづければ、日本にとっていいことは一つもない。さっさと総選挙をして改めて国民の意思を問うことこそ停滞を打開する唯一の道であると思う。
(Copyrights 2007 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)
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