様子見型サボタージュ

医療の世界では「立ち去り型サボタージュ」という言葉が定着しているようだ。医師や看護師などの医療関係者が理想とは違いすぎる現実とあまりの激務に燃え尽きて、病院から立ち去り、その結果、医療が壊れてしまうことを言う。虎ノ門病院の小松秀樹副院長が『医療崩壊』という本の中で使った言葉だったと記憶する。その言葉を借りれば、いまの霞ヶ関は「様子見型サボタージュ」とでも呼べそうな気がする。

21世紀に入ってから、日本の政治は大きく変化したと思う。それを変えたのは小泉純一郎首相だった。普段から「変人」と呼ばれていることをとらえて、自分は「変な人」ではなく「変革の人」のことであると切り返した。そして日本の政治や社会を変えると宣言した。変えなければならないような状況に日本があったからである。それでも、小泉は郵政民営化以外、いったい何を変えたのかと批判する人がいる。民営化された道路公団の実態は何も変わっていないといい、独立行政法人や特別会計など、いくらでもやらねばならないことはあったのに、それらには手つかずではないかともいう。

小泉首相の在任期間は歴代首相の中でも長かった。佐藤栄作、吉田茂元首相に次いで3番目、ほぼ5年半である。その長さをもってしても、改革しきれなかった部分は多いし、日本を持続的な変革に導くこともできなかった。国民の多くは、小泉首相は圧倒的に支持し、変革を望んでいたはずなのに、なぜ変革に向かって日本全体が動き出さなかったのか。抵抗勢力とはそこまで根強いものなのだろうか。

抵抗勢力といってすぐに思い浮かぶのは、官僚と族議員である。道路予算や道路特定財源の一般財源化の議論を聞いていても、官僚とそれに取り込まれた族議員の強さがよくわかる。小泉政権で改革を支えていたはずの冬柴国土交通相などでさえ「道路予算が余るなんていうのは机上の空論」といって憚らない。そして今後10年間で60兆円を越えるカネを道路につぎ込むのだという。一般財源化などは「真に必要な道路をつくった後に余れば」というのだが、そんなものはしょせんごまかしの類である。

しかし、官僚や族議員だけが抵抗勢力なのか。問題はここにある。たとえば国土交通省の官僚が道路をつくることに熱心なのは、もちろん組織の維持がかかっているからだ。予算が減れば権限も部下も減り、組織は衰退する。権限と部下が権力の象徴である以上、それを失ってもいいと考える官僚はほとんどいない。ただもともとの道路を要求しているのは、地元民(というより地元有力者)とそれに後押しされた政治家だ。そして地元民は国家予算がどうなっているのかに関係なく、自分たちの利益のために道路を要求する。

それを地域エゴと呼ぶこともできるが、地域エゴそれ自体が否定されるべきものとは思わない。むしろ地域エゴを主張できることこそ民主主義の基本である。それぞれの地域が自分たちの利益を主張し、それを調整するのがその地域の代表である国会議員であり、国会の役割だ。利害を調整すれば必ず「損をした」とか「割を食った」と思う地域が出る。だからこそ、なぜ自分たちが割を食ったのかをある程度は納得してもらう必要がある。その役割を担うのが政治家が説得の材料にするのが「ビジョン」である。要するになあなあで国家予算を分捕ってくるような時代が終わってしまったのだから、人に我慢を強いるにはこの地域をどうしたいのか、国全体の中で優先順位をどう考えるのかというビジョンをもって説得するしかない。

小泉内閣のときは日本を変えなければならないという意識があった。そして民間にできることは民間に、官にしかできないことは官に、というビジョンもあった。ところが安倍政権が1年で崩壊し、福田政権になって以来、そういったビジョンは見えない。ビジョンもなく、またいつまで続くかわからない政権では、改革の継続というような大仕事を官僚組織はやらない。もともと自分たちの身を削るような改革を自発的にやる組織はないのが普通である。かの守屋防衛省事務次官は、大臣の命令を部下が実行しようとしたとき「大臣が言ったからといってなぜやるんだ」と怒ったそうだ。しょせん腰掛けの大臣などに牛耳られてたまるものかという意識が役人のどこかにある。

しかし国全体をリフォームしなければならない。それこそ喫緊の課題である。だから政治家は、役人をも動かせるだけのビジョンを提示しなければならない時代なのである。しかし、それを福田政権に期待するのは、政権の成立時のことを考えても、参院で過半数を確保していないことを考えても、そして民主党という野党が政党として未熟であることを考えても、無理というほかあるまい。そうして時間を無為に過ごしている間に、世界はいま政治的にも経済的にも危険水域に入っているように思える。

アメリカのブッシュ政権はほとんど死に体だが、次の政権が成立するまでにはまだ1年以上ある。経済はサブプライムショックと原油高で大きな打撃を受けつつある。ロシアではプーチンの強権政治が続く。日本のデフレ脱却は来年にずれ込みそうだ。福田首相のような「調整型」の政権は、このような難しい時代には向かない政権だとつくづく思う。そしてそのツケを最後に払うのはわれわれ国民である。

(Copyrights 2007 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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