気になる米印原子力協力
このコラムでもたびたび触れてきたインドとアメリカの民生用原子力協力協定は一進一退、予断が許されない状況になっている。アメリカ側が国内法の制約を昨年12月に早々と乗り切ったのに対し、インド側の政治状況が一筋縄ではいかないからである。簡単に言うと、マンモハン・シン政権に閣外協力をしている左翼グループが、アメリカに協力を求めることは「核開発における主権を制約される恐れがある」ということで反対しているのだ。
もともとの構図は、民生用エネルギーの不足に悩むインドが、アメリカに協力を求め、それにアメリカが応じたもの。しかしこの話はあまりにも大きな問題を含んでいた。そもそも原子力技術は核兵器開発につながることから、その拡散には厳しい制約が課せられている。条約としては核拡散防止条約があり、また核技術を監視する機関として国連に国際原子力機関(IAEA)が置かれている。IAEAは原子力発電所を運転する国に対し、監視員を派遣し、また封印されたモニターを設置して常時監視している。
そしてIAEAの監視下にない国に対して、原子力技術や物資を提供しないようにするため、NSG(原子力供給グループ)が設立された。1974年にインドが核実験を行ったのを受けて、さらに監視体制を強化したのである。このNSGの加盟国は現在45カ国。もちろんアメリカも日本もメンバーである。
インドとの原子力協力が、こうした核不拡散への努力と逆行するものであることは明白だ。ブッシュ大統領が、インドに協力するという方針を発表したとき、「インドは世界最大の民主主義国であり、(北朝鮮やイランと違って)NPTに加盟していないのだから違反したわけではない。」と強弁したのは、何とか理屈をつけなければならなかったからである。さらにアメリカは、(軍事用原子炉は別として)民生用原子力についてインドはIAEAの監視下に入るという条件を付けたことについて、まったく監視下にないよりは一歩前進として、アメリカがインドと原子力協力をすることを正当化した。
しかしいかに強弁しようとも、この原子力協力が「悪しき前例」となることははっきりしている。インドやパキスタンは核兵器を保有している国だが、こうした国に対して核兵器を保有させたまま原子力技術を供与し、IAEAの保障措置下に置くということは、インドを核保有国として正式に認めることになる。NPTでは核兵器保有国として米英仏中ロの5カ国として、それ以外の国の核兵器保有を認めていない(これは身勝手な論理でNPTは核拡散防止条約というより「核独占条約」なのだが、その身勝手さの「言い訳」として、核兵器保有国は核兵器の廃絶に努力することになっている)。
インドが核保有国として認められることになると、いま大きな問題である北朝鮮やイランが核を開発して制裁を加える根拠が揺らぐ。北朝鮮やイランはNPT違反だから圧力をかけても止めるが、NPTに加盟せずに開発した場合はオーケーというのはおかしな話だ。こうなったらパキスタンも同じ扱いを要求するだろうし、NPTから脱退して核兵器を開発すればいいのかという議論にもなりかねない。つまり米印原子力協定を認めれば、核兵器に対して野心を持っている国に誤ったメッセージを与える懸念がある。
インドの国内情勢が落ち着いて、アメリカとの原子力協力を推進するという話になると、日本は難しい選択を迫られることになる。インドへの核技術や核燃料の供給についてはNSGの許可が必要になるが、ここは全会一致が原則。したがってもし反対する国があれば、アメリカは苦しい立場になる。ロシアや中国、フランスなどは自分たちもインドという大市場への原子力供給について積極的な姿勢を示しているだけに、反対はしないだろう。問題は日本だ。核兵器廃絶を願う日本は、インドの核兵器開発や核実験に対しても常に批判的な態度を取ってきたからだ。もしここで日本が反対票を投じず、インドの核保有を事実上容認することになれば、日本政府として大きな方針転換と受け止められてもしかたがない。8月に訪印した安倍首相は、シン首相から米印原子力協力を認めるよう要請されたが、明確な返事をしなかった。
日本の外務省は、何とかインドの国内事情でこの話がつぶれてほしいと願っているかもしれない。すでにインド側も、アメリカに対して「かなりむずかしい状況にある」と説明している。もしつぶれた場合は、インドのエネルギー計画が大幅に狂うことになり、その分、石油が使われると今度は温暖化ガス問題がクローズアップされる。それでも外務省としては、「核の踏み絵」を踏まされるよりはましだろう。
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