福田リスク

日本を取り巻くいろいろなリスクがある。最近、そんなテーマで講演をすることが多い。サブプライムローン・ショック、中国バブル、ロシア・リスク、エネルギー・リスクといったことを話題にする。しかしふと足元を見ると、これまでにはなかったリスクが日本自身にある。それが日曜日に自民党の議員総会で選出された福田さんという「リスク」である。


小泉元首相のような変人ならいざ知らず、手堅い調整型と言われる福田康夫総裁がなぜ日本にとって「リスク」なのか、いぶかる向きも多いだろうと思う。実際、総裁選挙では6割を超える票を獲得して、麻生さんに圧勝している(もっと票を取るかと思ったが、麻生さんが思いの外善戦した)。それに日本のリスクとは、今の段階では小泉改革の影の部分が出ていることがリスクなのだから、それを見直すとしている福田さんはむしろリスクを小さくしてくれるはずだ、というのが多くの意見ではないかと思う。

問題は、小泉内閣の時代に日本経済がようやく成長軌道に戻ってきたことを、われわれがすっかり忘れてしまっていることだ。強引に銀行の不良債権を処理させ、郵政民営化に道筋をつけ、規制緩和を進めることでビジネスチャンスを広げてきたのは、紛れもなく小泉政権の時代である。日本が緩慢なデフレの状況に陥っているとき、小泉政権以前の政権は、いたずらに公共事業に税金を投じて財政赤字を急増させてしまった。そこから脱却する道を切り開いたのは小泉・竹中ラインである。

それでも小泉改革に批判的な人びとは、地方や弱者が取り残されたと主張する。たしかに「取り残された」のは事実だ。しかしそれは改革したから取り残されたのだろうか。わかりやすく言ってしまえば、改革しなかったらそういった事態は生じなかったのだろうか。あのままの調子で中央・地方がカネを公共事業に突っ込んでいけば、ひょっとすると夕張市がいくつも生まれていたかもしれない。一般論としても、従来の政策が有効でない場合は、とにかく政策を変えることが必要だ。

そういった変化を起こすには大変なリーダーシップが必要である。その意味で、小泉首相はまさに時代が要求したリーダーだったということができる。そして小泉さんは「自民党をぶっ壊す」と明言した。これが何を意味していたか。要するに「改革」とは「既得権益の打破」であるのだから、自民党を壊すことなく改革することはできないということなのである。もちろん小泉首相の5年半ほどの任期の間に、既得権益が完全に破壊されたわけでも、昔の自民党が壊れて新生自民党ができたわけでもない。

それが如実に表れたのが安倍政権だった。昨年9月、自民党の総裁選で安倍さん、麻生さん、谷垣さんと立候補して、3人が3人とも小泉改革の継承を訴えた。しかし安倍政権は、具体的に改革と呼べることをやったのか。財政を悪化させなかったということは言えても、本来必要な改革を推進したとはとても言えない。安倍さんの辞任は、健康問題もあるだろうが、保守本流と改革のはざまで押し潰された結果である。

改革の影を強調する福田さんは、安倍さんにも増して「反」あるいは「非」改革派であるということができる。参議院選挙の地方区で惨敗したことを受けて、自民党は「改革の影」を強調し、郵政反対派の復党を進め、今回の総裁選では派閥の領袖があっという間に福田支持に流れた。福田さんは「急に立候補を決めたので準備不足」として政策はほとんど何も語っていないのに、大勢は一夜にして決したのである。まさに旧来の自民党へ堂々とした揺り戻しが始まったということだ。

そのことは日本が改革から遠ざかることを意味する。いちばん大きな問題がここにある。改革から遠ざかれば、日本経済の潜在成長力が抑制される可能性があり、また巨額の公的債務が日本経済の活力を削ぐ。つまり世界経済にとってようやく「日本というリスク」が小さくなってきたのに、それが再びリスクとして再登場するということだ。そして官僚主導(福田さんは「官僚を上手に使う」と言うのだが)の政策決定は、また既得権益の回復・温存につながりかねないのである。もちろん官僚だけが悪いわけではないが、変えるという強い意思が政治の側になければ、官僚組織それ自体が「変える」という意思をもつことは稀である。

日本の改革がストップしたと海外の投資家が判断したとき、日本は彼らの投資対象から外れることになる。それでなくても日本に対する直接投資は少ないと言われ、経済産業省はそれを増やすべく努力しているのに、海外の資本は日本市場から次々に撤退していくことになるかもしれない。自民党の党内の論理で福田さんを選んだことが、結局は日本を衰退させてしまうリスクを高めてしまう形になるのである。

福田さんの父である福田赳夫元総理は、再選を期した総裁選の予備選で大平正芳氏に敗れ、「天の声(民の声)にも変な声がたまにはある」という言葉を残して総理の座を去った。福田さんは、衆議院総選挙で民の声を聞いた時、果たしてどのように聞こえるのだろうか。そして現代の民の声には外国語の声も加わっている。それが親父さんの時代とは違うところだ。

(Copyrights 2007 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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