安倍首相の「大見得」

それにしても思い切った発言をしたものだ。インド洋での自衛艦による給油活動継続は国際公約であるから「職を賭して」法律を通すよう努力する。それができなければ「職責にしがみつくことはしない」と安倍晋三首相は語った。記者から総辞職をするのかと問われてそう答えたのだから、よもや「私を取るか、小沢さんを取るか」と問いかけて、大敗北のすえに「政権選択選挙ではない」と周辺に言わせるような無様なことはするまい。


広辞苑によれば「大見得を切る」とは、もともとは演劇用語で「ことさらに大げさな表情・動作をする」とあるが、そこから「自信のほどをことさらに強調する」のだそうだ。まさに安倍首相は大見得を切ったのである。思い出すのは、2005年に小泉首相が参議院で郵政民営化法案を否決されたとき、郵政民営化ができれば「死んでもいい」として衆議院を解散して総選挙に踏み切ったときのことだ。ややミーハー的な言い方で恐縮だが、このときの小泉総理は「カッコよかった」。

さて安倍首相。小泉さんに比べると政治の流れが読めていない感じがする。郵政民営化については、国民の間にも賛否両論あったものの、既得権益の構造が一つぶっ壊されるという期待があった。すなわちそれは日本の「閉塞状況」を打開することにつながると思えた。だから小泉首相の大見得に大きな拍手を送ったのである。しかしテロ特措法に関して言えば、国民はそこに「改革」を見ているわけではない。テロとの戦いに日本が参加しないわけにはいかないと思う人もいれば、アメリカが始めた戦争になぜ日本が後方支援を行わなければいけないのかという人もいる。

まして自衛隊の海外派遣については、憲法との兼ね合いで微妙な問題がある。だからこそ有識者会議でこれまでの集団的自衛権はあるが行使できないという解釈を「改憲」をしようとしているのではないか。つまりこの問題は、安倍首相がどう大見得を切ろうが、背水の陣を敷こうが、観客である国民が屋号を大声で呼ぶような場面ではない。

もっとも野党の反対で参議院で否決されても、3分の2の議席を保有する衆議院で再可決すれば法律としては成立する。日程的な問題はあるにせよ、最後は通すことができるという判断があるのかもしれない。もしそういう計算が背後にあるということになれば、「野党の理解を得る」とか「民主党の小沢代表と会談する」とかしきりに言うのはポーズにすぎないということにもなる。最後は数の論理で押し切るということなら、今年の強行採決に明け暮れた通常国会と同じ話だ。

それでも政治の世界は一寸先は闇。世論の状況次第では衆議院で3分の2の票が得られない可能性もある。そうなったらどうなるのだろう。内閣総辞職ということになって、ただちに首班指名が行われ、麻生太郎さんがとにかく総理になるということなのだろうか。もしそうなら、郵政解散で自民党が大勝した議席で、安倍内閣と次の内閣と「民意」を受けていない内閣が二つも成立することになるのだが、これも変な話だ。それこそ「政権選択選挙」をさっさとやるのが筋ではないだろうか。

一方の民主党はどうするのだろうか。テロとの戦いは「かくあるべし」という議論を展開して、「だからわれわれは自衛隊を送らない」という説得を国民に対してできるかどうか。郵政民営化のときのような対案も出さず、反対のための反対では、国民の理解は得られまい。前回の参院選は「民主党が勝ったのではなく自民党が負けたのだ」という言い方があるが、これを「民主党が勝った」と言わせるためには、このテロ特措法の扱い方が一つの試金石になるだろう。

インド洋上で給油活動にあたっている自衛艦の隊員たちは落ち着かなくて気の毒だと思う。自分たちの活動をオーソライズする法律がなくなれば、当然、帰投せざるをえない。何のために緊張しながらインド洋での任務にあたってきたのか、なんだか割り切れない思いがすることだろう。安倍首相の大見得が彼ら自衛官にどのように見えたのか、頼もしい最高司令官か、それとも政治的なパフォーマンスをもてあそぶ政治屋か。いずれにしてもこの臨時国会が熱い国会になることだけは間違いない。

(Copyrights 2007 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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