保守のDNA、突然変異のDNA
日本の政治史上、こんなに面白いドタバタ劇は初めてではないだろうか。参議院選で屈辱的敗北を喫してなお政権の座にしがみついた安倍晋三首相が、テロ特措法延長に「職を賭す」と言ったその舌の根も乾かぬうちに、「職を辞する」と言って、内閣改造後初めて代表質問を受ける当日に政権を投げ出してしまった。そして後継者として絶対優位と自他共に認めていた麻生太郎幹事長に対して、自民党内ではいきなり麻生包囲網ができてしまう。一夜にして形勢逆転。小泉純一郎前首相のときに官房長官を務めていた福田康夫氏が、各派閥の支持を受けてたちまち優位に立ったのである。福田さんのほうが選挙に勝てると思う神経もいかがなものかという気もするが、小泉首相のときには蟄居していた派閥がまたぞろ復活しているようでおかしな話だ。
そもそも安倍政権は、誤解を恐れずに言えば「ボタンの掛け違い政権」だった。国民は、小泉改革の継承を望んでいた。もちろん地方の格差などの問題はあったにせよ、改革のための痛みに耐える覚悟はあったはずである。ところが中国、韓国との関係を正常化すると、防衛庁の防衛省への格上げとか、教育基本法改正とか、あんまり改革とは関係のない話ばかり。「戦後レジームからの脱却」というのは中曽根元首相が言うように、「保守本流」ではあっても改革ではない。その上、郵政造反組の大量復党と来れば、安倍政権は期待していた政権とは違うようだという疑問が国民の中に生まれて当然だ。
ボタンを掛け違うとおおごとになる。全部外して最初から掛け直さなければならない。シャツのボタンならやり直せても、そうでない場合はおおごとを通り越して悲惨ですらある。修復することなど不可能で、結局掛け違ったままに誰も望まない方向に事態が動いてしまう。改革を望んでいた国民の期待と裏腹に、改革と関係のないことをやり続けた安倍政権。そこに年金と政治とカネが追い打ちをかけた。これが最後のワラになったのだけれども、根本的にはボタンの掛け違いで登場したことが、安倍首相にあれだけのプレッシャーをかけたのである。保守本流なのに改革派という仮面をかぶり続けなければならなかったことで、安倍さんは押しつぶされたということだ。
自民党は既得権益の固まりのような政党だ。だから本来は「改革」という力は内部から生まれてこない。その意味で、小泉前首相は自民党の突然変異種なのだが、そのDNAは結局安倍さんも受け継ぐことができなかったということだ。安倍さん自身は、保守本流の血統書付きの御曹司なのだから、突然変異とはしょせん相容れない。その安倍さんが政権を投げ出したことで、「改革の影の部分」とか「格差」ということがしきりに言われ、自民党は本来の利害調整型の政党に先祖返りということになる。つまり改革と既得権益の争いは、今の時点では既得権益側が優勢である。
その流れは、福田さんだろうが麻生さんだろうが変わらない。というより、むしろ既得権益の巻き返しが格差是正の美名の下に強まるだろう。参院選では、民主党の「ばらまき戦略」に敗れたという認識があるから、その方向性は自民党内でも多くの共感者を得ることができる。つまり自民党は本来の姿に向かって津波のように動き、一部の改革派は簡単に飲み込まれてしまうということだ。
これで来るべき衆議院総選挙に勝てるのかどうか、おそらく自民党の中でも半信半疑だろうと思う。民主党はおそらく「反」小泉改革を強調し、弱者救済を前面に押し立ててくるのだから、それに対抗するためには旧来の利害調整団体を経由してのお金のばらまきという側面が強くなるはずだ。当然、財政はきつくなるから、場合によっては早めに増税という議論をしなければなるまい。増税という議論が出れば選挙に負けるかもしれない。しかし早めに選挙ということは、安倍首相が政権を放り出した余韻が残っているうちに選挙をすることであり、どちらに転んでも自民党にとってプラス材料にはなるまい。前門の虎は安倍辞任、後門の狼は消費税アップ。自民党にとっていい材料はない。
突然変異種の小泉DNAをどう育てていくかという点で自民党内が一致していれば、サッチャー革命とまでは言えなくても、日本流の保守革命ができたのかもしれないが、やはり突然変異種は弱かった。保守本流のDNAを持つ安倍さんは突然変異種との結合で変調を来してしまったが、麻生さん、福田さんは突然変異種の仮面をかぶることはないから体調を崩すこともあるまい。その意味では、元首相が祖父のDNAより父のDNAをもつ福田さんのほうが優勢というのも、何だか妙に納得できる気がする。
しかし人類の歴史において、突然変異種というのは非常に大事なのだ。私たちが今食べている穀物や野菜などの作物は、野生種から生じた突然変異種を長い時間をかけて大事に大事の育ててきた結果だ。元のDNAに戻してしまえば、およそ進歩というものはないのである。
(Copyrights 2007 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)
トラックバック
コメント
この記事へのコメントは終了しました。