800万票の行方

旧通産省出身の評論家、堺屋太一氏の命名になる「団塊の世代」は、1947年から1949 年の3年間に生まれた人々のことだ(定義には多少のぶれがあるがそれはそう大きな 問題ではないので、ここではこの3年間ということにする)。この年代の人々の数は、 出生数にしておよそ800万人。このところの1年間の出生数が100万人ぐらいだから、 現在の赤ちゃんたちに比べると約2.7倍にもなる大所帯である。

数が多いということは、流行でも、マーケティングでも、一定のパワーになる。団塊 の世代まっただ中である僕にも、自分たちがたしかに流行を作ってきた(少なくとも 支えてきた)という実感はある。

たとえばファミリーレストラン。雨後の筍のようにあちこちにできたのは、僕らが子 育てにいそしんでいるときだった。子供連れで外食するには普通のレストランだと敷 居が高い。値段ももちろんのこと、赤ん坊を連れて気軽に行けるところは少なかった。 そこに登場したのが、団塊世代の家族の懐に優しいファミリーレストランだったので ある。

また車でも、僕の場合は、ミニバンと4WD車に乗っていた期間が長い。昨年コンパク トカーに買い換えるまで、20年以上も乗っていた。家族が車で旅行するときに、普通 の乗用車ではやや狭苦しいと思ったからである。高速道路の整備に伴って、車で旅行 に行くことが大変ではなくなってきた時代だった。それまで車といえば、4ドアのセ ダンか2ドアのスポーティな車か、後は商用車というぐらいしか選択肢がなかったの に、急に多様な用途にこたえる車が開発されてきたのである。今ではミニバンと4WD 車(最近はSUVと呼ぶ)が街にあふれかえっている。
その団塊世代が徐々にビジネスの第一線から退きつつある。多額の退職金をもらって 引退する(人たちもいる)世代に売り込もうと、さまざまな業界が頭をひねっている。 優雅な別荘生活をする人もいるだろうし、海外旅行に出かける人もいるだろう。しか し政治行動はどうなるのだろうと、ふと考えた。これまでは組織の論理に従ってきた 人も多かったと想像する(僕の親父などは引退してもなお、選挙のときには組織から の依頼に忠実だった)。

ビジネス生活から離れたときに、どんな問題を切実と受け止めるのだろうか。間違っ ても「憲法問題」ではあるまい。団塊世代は、戦後民主主義の恩恵を最も身近で享受 してきた世代であり、その根幹で現行の憲法を意識してきた世代でもある。その分だ け、「自主憲法制定」とか「戦後レジームからの脱却」を主張する安倍総理がアナク ロニズムに見えてしまう人が多いのではないかと想像する。なぜ自主制定しなければ いけないのかわからない憲法問題より自分たちの老後生活に目を向ける人たちのほう が多くなるのではないだろうか。

実際、7月の参院選はそういった選挙だったのかもしれない。社会保険庁の不手際 で5000万件もの宙に浮いた年金記録を指摘されると「いたずらに国民の不安をあおら ないほうがいい」と答弁した首相。その一方で、政治家のカネの出入りはまったくと 言っていいほど把握されず、「月800円で辞任させるのか」と開き直る首相。改革を 進めると言いながら、それは誰に痛みを求めるものなのかを明らかにせず、官僚や労 組にばかり敵を求める首相。そこに見えたのは、国民と感覚を共有できないリーダー だったように思える。そう思ったら拒否反応を示すのは自然なことだ。

団塊世代の引退が進むにつれ、これらの世代はますます「生活者の視点」に傾くこと になる。年金も関心事の一つだが、その他にも何かと目の敵にされる医療費がある。 今まで会社で医療保険に入っていたのが、国民保険に切り替わると、サービスは悪い し、保険財政は悪化の一途。いつまで3割負担でやってくれるのかわからない。しか し、である。ひとたび海外に目を転じると、日本の医療費総額(年間32兆円)は先進 国の中では少ないほうだと聞かされて愕然とする。それなのに、個人負担額(保険料 と実際に払う医療費の合計)は世界で最も高い部類に属する。

自分たちが相対的に健康なうちはあまり気にならなかった医療制度が、どうやら矛盾 だらけだということを実感するようになってくると、そこで異議申し立てをする。な ぜ個人的には負担が多いのに、全体の医療費は世界でも少ないのか。そのために医者 になる人が減ると、子供が孫を産むのもままならない。こんな医療はどこかがおかし い。医療費を削る話ばかりしていると、とんでもない反発を食らう可能性が高くなる かもしれない。

今度の選挙で小沢民主党は、昔の自民党的な「ばらまきマニフェスト」で勝利した。 しかし今の有権者が違うところは、昔流のばらまきでは経済がもたないということを 知っていることだ。無駄な支出をなくすというのは結構な話だとしても、それで本当 にまかなえるのかどうか。将来のビジョンを示してくれれば、増税も受け入れる国民 は増えているはずだ。

引退する団塊世代の支持を獲得するのは、自民党なのか、民主党なのか、それともやっ ぱり「無党派」なのか。それによって政治の地図はまったく塗り変わってしまう。

(Copyrights 2007 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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