フランスの賭け
5月6日に行われたフランス大統領選挙決選投票。投票率84%という数字に表れた高い
関心の中、保守系・国民運動連合のニコラ・サルコジ党首が社会党のセゴレーヌ・ロ
ワイヤル元環境相を破って当選した。サルコジ氏の得票率は53%、ロワイヤル氏が47%
と、事前のサルコジ優勢という予想通りの結果となった。
勝ったとはいえ、サルコジ新大統領にとって問題は山積している。何と言っても最大
の課題はフランス経済の活性化だ。EU(欧州連合)を牽引する二大国の一つであった
はずのフランスは経済力の凋落が著しい。例えば、かつて世界第7位だった1人当た
りGDP(国内総生産)は今や17位だ。失業率は二桁こそ何とか切っているものの、9%
台後半と経済が停滞していることを示す(それに若年労働者の失業率は20%前後と非
常に高い)。
若者の失業率が高いのは、フランスの雇用政策が企業にとって厳しいからだ。2000年
にフランスは週の労働時間を35時間に制限した。1人当たりの労働時間を減らすこと
によって、多くの人に職を与えるというのが政府の狙いだった(いわゆるワークシェ
アリングである)。しかし期待したほどには失業率は下がらなかった。週労働時間
を40時間から35時間に減らしたとはいえ、賃金を据え置くとしたため、企業にとって
は賃上げと同じことになった。さらにフランスの雇用政策は企業にとって非常に厳し
く、労働者を解雇することがむずかしいために、企業は5時間分の労働者を新たに雇
うことに慎重になったからである。
これを何とか打開しようとしたのが、2006年の機会均等法である。そこには若年労働
者の雇用を促進するためのCPE(初期雇用計画)が含まれていた。最初に雇用してか
ら2年間は試用期間とし、その間なら企業は自由に解雇できることにしたのである。
この法律に対しては、都市の若年労働者などから猛反発を受けた。今回もサルコジ氏
当選が決まって、労働者らが抗議行動を起こし、一部では暴徒化しているのもその表
れである。若年労働者にとっては「規制緩和は、すなわち保護の廃止」に他ならない。
サルコジ氏は「強いフランス」をめざすとしてきた。そのための政策は従来のフラン
スの経済政策とは異なり、自由市場経済の拡大である。労働政策でも35時間規制その
ものを撤廃するとは言明していないが、35時間を越えた場合の時間外賃金について企
業の負担を免除するとしている。これによって実質的に35時間という制限を骨抜きに
しようというわけだ。さらに個人の税金についても、所得税、法人税、相続税などで
減税を実施するという。こうした減税を実施しつつ、経済が成長すれば公的債務も減
らせるとしている。
ただ本当にこれらの改革ができるかどうかはまだわからない。フランスは、ドイツや
イギリスに比べると福祉国家型の経済であり、経済への国の関与も強い。手厚い失業
保険をもらっているほうが働くよりもいいという選択をする若者もいるほどだ。日本
流の産業政策にも熱心だし、企業の国有化にも抵抗がない。イギリスがサッチャー革
命によって、自由化してきたときに、フランスは取り残されてきた。それが企業の国
際競争力を削いできたのだが、国の在り方を根本から変えるということには国民の間
にも大きな不安がある(その不安がいかに大きいかが、第1回投票のときの中道派バ
イル候補の得票が予想以上に大きかったことに表れている)。
それにしても社会保障政策の充実を訴えたロワイヤル候補の敗北は、社会民主主義の
限界が露呈したと言ってもいいかもしれない。5月2日に行われたサルコジ候補とロワ
イヤル候補のテレビ討論では、ロワイヤル候補が舌鋒鋭く攻めた印象が強かった。し
かし社会保障を充実させる財源をどうするのかという問題では、株取引への課税強化
などで賄うという以外に、あまり説得力のある議論ができなかった。昨年秋にスウェー
デンでやはり中道右派連合が政権を取ったことに見られるように、グローバリゼーショ
ンの流れの中でヨーロッパも左から右へという流れがある。その根本にあるのは、財
源問題だ。単純に金持ちから税金を取るとか、企業課税を強化するということでは、
むしろ資金逃避を招くだけの結果に終わるのがグローバル経済の特徴だ。財源問題を
解決しない限り、大きな政府を主張する社会民主主義はこれからますます冬の時代を
迎えることになるだろう。
かつてほぼ四半世紀にわたって左のミッテラン、右のシラクが大統領を務めてきたが、
左も右もフランス経済の病巣を切除し、活力を取り戻すことはできなかった。社会的
サービスの質を落とすことなく、なおかつ減税をし、財政を再建するというサルコジ
新大統領の楽観的政策が、本当に実現できるのかどうか。企業寄りになりすぎたり、
強権的になりすぎれば、国内からの反発が強まって政権が不安定になりかねない。フ
ランスが復活するのかどうか、世界はサルコジ新大統領の手腕を注目している。
(Copyrights 2007 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)
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