「核のゴミ」出口なし

先日の統一地方選で、注目されていた自治体の一つは高知県東洋町だった。今年初め、 田嶋裕起町長(当時)が、高レベル放射性廃棄物最終処分場候補地」として原子力発 電環境整備機構に応募した。これを知った橋本大二郎県知事や周辺市町村、そして東 洋町民からも反対の声が上がった。このため田嶋町長は辞任し、「住民の意思を問う」 として改めて立候補していた。前町長の信認投票という形になったのだが、結果は、 反対派が擁立した沢山保太郎氏が圧勝した。投票率は89%を超え、沢山氏の70%の票 を獲得した。そして、新町長は原子力発電環境整備機構への応募を取り下げた。

高レベル放射性廃棄物とは、使用済み核燃料あるいはそれを再処理したときに出る廃 液などである。原発から出る高レベルの廃棄物をどうするかは、各国とも頭を悩ませ てきた。今のところ、深さ300メートル以上の地層処分が最適であるということになっ ている(もっとも人類が経験したことのない「ゴミ処理」だから、何が安全かは言い 切れるものでもあるまい)。現在、処分地が決まっているのは世界でもフィンランド とアメリカだけだ。

原子炉から出る使用済み核燃料は、そのほとんどが原発に隣接する燃料貯蔵プールに 保管されている。このプールにはこれから使う燃料も保管されているため、使用済み 核燃料が放置されると、やがてはプールが満杯になって新しい燃料を搬入できなくな る。そうなったら原子炉を止めるしかない。そして発電所の燃料貯蔵プールは、場所 によってはあと数年でいっぱいになるとされている。使用済み核燃料が搬出される先 は、大きく言えば最終処分場か再処理工場のどちらかである。

エネルギー資源に乏しい日本は、原子力利用で核燃料サイクルを確立することをめざ してきた。燃料に含まれる「燃えないウランU238」をプルトニウムに変え、再処理に よってそのプルトニウムを抽出して高速増殖炉で燃やせば、さらにプルトニウムが生 成されて燃料にすることができるというものである。しかしプルトニウムを効率よく 生産するための高速増殖炉は技術的に困難がつきまとい、諸外国ですでには開発を放 棄している。いまでも公式に開発を諦めていないのは日本だけだ。

これまで日本はイギリスやフランスに使用済み燃料を送って再処理してもらっていた が、ようやく青森県六ヶ所村に再処理工場を建設し、そこで国内の使用済み燃料を再 処理する。しかしすでに日本のプルトニウム保有量は海外にある分も合わせて40トン 以上もある。プルトニウムを燃やす原子炉がないのに、プルトニウムばかりたまって しまう。通常の原子炉で燃料として使うという話も、大きな進展が見られないままだ。 その意味では、六ヶ所村で再処理を開始したところで、余剰のプルトニウムの上にさ らに余剰を積み重ねることにしかならない。しかもこのプルトニウムは放射能も強く、 猛毒であり、取り扱いがむずかしい。

結局は、再処理を名目に原発から使用済み核燃料を搬出したいというのが電力会社や 資源エネルギー庁の本音なのかもしれない。つまり使用済み核燃料の最終処分場が決 まらない以上、とにかく発電所以外のところに使用済み燃料を保管しないと原発その ものが停まってしまうからである。さらに六ヶ所村の再処理工場だけでなく、日本全 国の原発から出る使用済み核燃料が再処理工場に移送されるまで保管しておく中間貯 蔵施設をつくる計画も動いている。むつ市でいま立地調査中だが、その他の自治体は 受け入れに慎重だ。

出口が「詰まっている」にもかかわらず、政府は原子力発電を見直す気はまったくな いようだ。このゴールデンウィークの最中、甘利経済産業大臣は、カザフスタンを訪 れ、原子力協定を結ぶ交渉をしている。カザフスタンは埋蔵量で世界第2位のウラン 産出国である。見直さない理由はいくつかある。発電コストが安いこと、燃料ウラン の産出国がカナダやオーストラリアなど政治的に安定した国が多いことなどだ。国内 消費量の90%を中東という政治的に不安定な地域に依存している石油とは大違いだ。

日本は50基を越える原発が稼働している世界有数の原発大国。総発電量に占める割合 は30%で、これはフランス、スウェーデン、ウクライナ、韓国に次いで高い。使用済 み燃料など核のゴミの問題、蓄積されている大量のプルトニウムの問題、核技術の拡 散問題など、原発をめぐる問題はあまりにも多い。しかしもし原発が停止するという ような事態になったら、それこそ日本の経済は大打撃を受けるだろうし、われわれも 生活の便利さを相当程度放棄しなければなるまい。

原発をめぐって感情的な議論を繰り返すのではなく、自分たちが生活しているエネル ギーの基盤がどうなっているのか、そこから生じるさまざまな問題をどう解決してい くのか。いまさら冷静に議論することはむずかしいが、いまほど冷静に議論すること が望まれているときはあるまい。

(Copyrights 2007 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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