二つの最高裁判決

最近、ちょっと興味を引く最高裁の判決が出た。両方とも大企業が敗れて消費者側が 勝った裁判である。ひとつは語学学校NOVAの中途解約時の返済金をめぐる裁判。もう ひとつはあいおい損保の車の盗難保険金支払い拒否をめぐる裁判である。最高裁が消 費者の味方になったのか、それとも両方とも今評判の悪い会社や業界だから、ちょっ とお灸をすえたということなのかはよくわからない。ただ諸手を挙げて喜べないとこ ろもある。

まずNOVA裁判の概要を紹介する。大量に授業のチケットを買うと単価が安くなるとい う割引制度を利用した受講者が、途中で解約をした。NOVA側は、途中で解約した場合 は、それに最も近い回数の割引制度の単価で「消化」したものとして計算するという 規定を設けていた。そのため、受講者が期待していた返却金よりもかなり安い金額し か返ってこなかったために、提訴したものである。受講者が勝ったために、30万円を 越える金額の返却を受けることになるが、当初NOVA側が提示した返却金は10万円前後 だった。

判決は、特定商取引法に則って、違約金は法律で定められた上限しか取ってはならず、 中途解約のときにも最初に買った割引単価で残金を計算せよという。話をわかりやす くするために、日経ビジネスの予約購読制度で考えてみる(ただし、雑誌の予約購読 はこの特定商取引法の対象ではない)。料金制度は以下のようになっている。1年 (50冊)21,000円、3年(150冊)45,000円、5年(250冊)68,000円。申し込み期間 が1年のときは、1冊あたり単価は420円、3年の時は300円、5年申し込むと272円であ る。なおこの雑誌を書店で買うと単価は600円だ。つまり1年で3割引き、3年だと半額 ということになる。

この雑誌を3年申し込んで、75冊を受け取ったところで解約したとする。まだ1年半も の「残存契約期間」があるのだが、いくら返却を受けることができるのだろうか。答 えは「ゼロ」だ。解約の際は、すでに送付した雑誌の単価を600円で計算するとして いるからである。600円×75冊=45,000円だから、残金はゼロという計算だ。もちろ んそのことはサイトの申し込み画面にも明記してある。

今回NOVAで問題になった論点は、雑誌のケースで言うと、申し込んだときは一冊単価 が300円なのに、解約するときは600円で計算されるのはおかしいということだった。 上記の例で言えば、半分の期間が残っているのだから22,500円返せという話だ(違約 金はここでは除外して考える)。裁判所は、解約時の単価を高くして返却金を減らす のは、余分に違約金を取っているようなものだとしてNOVA側の上告を棄却した。

読者はもうお気づきだろう。もし最初に適用された割引単価で中途解約のときも計算 されることになれば、この雑誌のケースで言うと、誰も1年の購読をせずに、できる だけ長い期間を申し込み途中解約したほうが得だということになる。つまり、長期契 約制度が成り立たなくなる。そうすると長期割引制度が消えることになる。これで迷 惑するのはNOVAではない。たくさんのポイントを買って、たくさんの授業を受けよう と思っている人々だ。

大量のチケットを買わせることには熱心なのに、いざ授業をたくさん予約しようとし てもなかなかできない。中途解約すれば返却金が少ない。NOVAに関してはそういう苦 情が突出して多かったとも言われているが、だからといってこの判決正当化できるわ けではない。消費者保護になるどころか、むしろ消費者から安い選択肢を奪うという 意味では、「副作用」がある(それにNOVAは途中解約で滅茶苦茶なやり方をしていた わけではない。消化したチケットの回数に近い割引単価を使って計算していた)。

もう一つの判決は、車を盗まれた人が盗難保険をかけていた損害保険会社に保険金を 支払えと要求した裁判だ。この件で保険会社は盗まれた車はキーに盗難防止の仕掛け がしてあるのだから、防犯ビデオに記録されていたような短時間で盗むことは不可能。 だから写っていた窃盗犯と所有者が無関係であることを示さなければ保険金は払えな いと主張した。一審では所有者、二審では保険会社の言い分が認められたが、最高裁 は、所有者と窃盗犯が関係あることを保険会社が証明すべきと「挙証責任」が保険会 社にあると判断し、高裁に差し戻した。

保険会社にとっては頭の痛い判決だと思う。これで高級車を使った保険金詐欺が増え てもおかしくないからだ。保険会社は生保も損保も支払うべき保険金を支払わなかっ たとして糾弾されているから、最高裁の判事もそうした事情に左右されたのかもしれ ない。しかし結局は、盗難保険については保険料を上げることにもなりかねず、消費 者にとっては痛し痒しであることは間違いない。消費者保護といっても「あちらを立 てればこちらが立たず」という面があることを見落としてはなるまい。

(Copyrights 2007 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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