あなたは「満足」してますか?
書名 「満足社会」をデザインする第3のモノサシ
著者 大橋照枝氏
出版社 ダイヤモンド社
日本という国は豊かになったとつくづく思う。1960年ごろだったか、家に初めてテレビが来た。そこで見たアメリカのホームドラマ。当時の日本とはかけ離れた彼らの豊かな消費生活があった。中流の上ぐらい家庭には家電製品はもちろん、2台の自家用車があった。当時の日本の庶民には自家用車など夢のまた夢。車1台が父親の年収ぐらいの値段ではなかったかと記憶する。ところがそれから10年もしないうちに、中古とはいえ初めて車を買った。それ以来わが家にはずっと車がある。その間にテレビはますます大きくきれいになり、家電製品はますます増え、コミュニケーションの手段はますます多様化している。そしてわれわれは、さらに豊かで快適な生活を目指している。
親の代より物質的にはずいぶん豊かになったのは明白なのに、私たちは親の代より幸せだろうか。そう問われるときっと首をひねる人が多いだろう。それに私たちの子供や孫の世代は果たして私たちより幸せだろうか。そう重ねて問われたら、首をひねる人はもっと増えるだろうと思う。それはなぜか。このわれわれの社会が全体として持続可能だとは思えないからである。狭い国土に1億2000万を越える人が生活し、カロリーベースで見ても食料の40%しか自給することができず、原油はほぼすべて輸入に頼っている。
しかし危機感を抱いている人は少ない。その理由の一つは、日本が世界に冠たる経済大国であると同時に省エネ大国であるからだ。しかし本当に日本は持続可能なのか。「『満足社会』をデザインする第3のモノサシ」(ダイヤモンド社)の著者である麗澤大学国際経済学部の大橋照枝教授の答えは「ノー」だ。資源やら環境あるいは人口といった個々の条件から「持続不可能」という結論を導きだす例はあるが、大橋教授はどのような経済が持続可能で満足度が高いかを数値化しようと試みた。それがGDP(国内総生産)とは異なる「第3のモノサシ」だ。HSM(人間満足度尺度)と名付けられたこの指標は、GDPには入っていない福祉・厚生、教育、環境などを織り込んだ指標に、さらに健康、ジェンダーといった要素を加えている。HSMは、環境指標などをさらに追加し現在「進化中」だ。この指標で見ると日本のランキングは低い。最新バージョンのHSMで見ると、カナダ、スウェーデン、オーストラリア、ノルウェーなどが上位を占め、韓国、シンガポール、日本などが最下位グループを形成する(日本は15カ国中13位)。
大橋教授によれば、その理由ははっきりしている。「日本人が自らを養い、その廃棄物を吸収するために必要とする生態的容量が、生態的環境容量の5.38倍になっている」(麗澤経済研究14巻第2号の大橋照枝、ホン・グエン論文)からだ。たとえば水。日本が輸入している農作物を生産するために、日本国内で使われる農業用水の1.1倍の農業用水が海外の生産国で使われている。さらに日本に輸入される作物の耕作面積は日本の国土の90%にもあたるのだそうだ。もちろんわれわれはその代価を自動車など工業製品を輸出した代金で支払っている。問題は、その構造がいつまで続くのかというところにある。今はトヨタが世界一の自動社会社になりそうだといって多少はしゃいでいるが、国自体が持続可能でなければ、日本企業が世界一になる意味はないに等しいし、実際、なれるはずもない。
では、どうすれば持続可能な日本になれるのか。大橋教授が注目したのは、スウェーデンというモデルだ。スウェーデンと日本を3つのボトムラインで比較している。経済適合性、社会適合性、環境適合性である。公的債務残高、人口10万人当たり自殺者数、ジニ係数、温暖化ガス排出量などだが、これらで簡単に見るだけでもスウェーデンのほうが日本よりもはるかに持続可能な社会であるように見える。その他にも民主主義の成熟度にも大橋教授は注目しているが、そのあたりは是非本書をお読みいただきたい。
もちろんスウェーデンの国民負担率(社会保険料や医療保険料、税金などの合計)は日本よりも圧倒的に高い。大雑把に言えば日本の倍近い負担率になる。今までこの問題は、高負担・高福祉をとるか低負担・低福祉をとるかという観点でしかとらえられてこなかった。そして高負担の社会であるスウェーデンの経済は高負担ゆえに停滞するとも言われてきた。しかし結果的に経済成長至上主義でやってきた日本が持続不可能な社会になっていること、そしてスウェーデンのほうが財政も健全だし、社会としても安定しているのを見ると、生半可な理解に基づく福祉国家批判は的はずれだったのかもしれない。
それでは日本はどうすればいいのか。大橋教授が言う処方箋の一つは農業の立て直しだ。そしてもう一つは再生可能エネルギーへのシフトである。両者ともむずかしい課題である。とりわけ農業は、食料自給率が低いわりに耕作放棄地はどんどん増えている。そしてWTO(世界貿易機関)で日本の農業保護政策は悪者にされている。つまり日本の農業は、少し大げさに言えば緩やかに窒息しつつあるのである。こうした日本を孫子のためにいかに持続可能な国にするのか。それを論理的にきちんと考えたいと思う人にとっては、本書が有用な手引きになってくれると思う。
(Copyrights 2007 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)
- 2007/04/06 13:18:00
- カテゴリー: 書評
- コメント (0)
- トラックバック (0)
トラックバック
コメント
この記事へのコメントは終了しました。