医療費カットが本当に正しい?
安倍政権が発足した。この内閣の課題はいろいろあると思うが、これからの日本がどういう日本になるのか、その明確なビジョンと政策を早く打ち出すことだ。国民の多くは小泉改革を基本的に支持してきたと思う。しかし国民生活にとってとくに重要な医療や福祉については、根本的な議論はなされていないと考えるからだ。
私の畏友である麗澤大学教授の大橋照枝さんが『満足度をデザインする第3のモノサシ 「持続可能な日本」へのシナリオ』(ダイヤモンド社)という本を書かれた。持続可能な社会というのは現代のキーワードである。英語で言う「sustainability」だが、もともと環境活動家のレスター・ブラウン氏(アースポリシー研究所所長)の言葉と記憶するが、確かではない。
国としての持続可能性というなら、国がどれだけの借金を背負っているかとか、毎年どれだけの赤字を出しているかが問われるだろう。あるいは、でたらめな経済政策で、超インフレを招いたりすれば、国を持続することはむずかしい。1980年代ぐらいから国という組織が経済を運営するのは決して上手ではないというのが世界共通の認識になってきた。どこの国でも(もちろんアメリカでさえ)企業に自由に任せておけば、国の経済はむちゃくちゃになると思われてきた。それがひっくり返ったのである。
そのきっかけをつくったのはイギリス保守党のサッチャー氏であった。国有企業を民営化し、国の規制を大幅に緩和した。そしてイギリスはいわゆる「英国病」から脱却できたのである。民営化、規制緩和が経済の万能薬のように言われるようになったのはここからである。つまり官僚の作った計画よりも市場の「見えざる手」のほうが、経済を効率的に運営できるというわけだ。
そして日本を振り返れば、いつの間にか国の借金は800兆円を越えている。ざっとGDP(国内総生産)の1.6倍。国の税収額は50兆円にも満たない。これでは持続できないとして谷垣さんは自民党の総裁選挙で消費税率10%を主張した。これに対して安倍さんは歳出カットが先だというのだけれども、実際問題、これだけ巨額の債務に影響するほどの歳出カットなどできるのだろうか。そして結局は、医療費をいかに減らすか、介護費用をいかに軽くするかに焦点が当たる。医療費だけでも10兆円の国庫負担があるからだ(総医療費は30兆円を越えている)。
さてそこでスウェーデンとの比較である。たとえば医療費。1年間の最高負担額は1万3400円、薬代も最高で2万7000円だと大橋さんは指摘している。それ以上は国が負担してくれる。日本は健康保険制度の中で3割負担を求められる。医療費がかさんできた場合は、年間で70万円ぐらいまでは患者負担ということになる。これだけ個人に負担をさせているのに、医療費の総額が他国に比べて多いわけではない。現在30兆円を越えている医療費だが、GDP比で見ると、約7%で先進国中最低水準だ。それなのに、国民の懐から出て行く医療費は世界でも最高水準なのだという(たとえば、盲腸で7日間入院しても日本は30万円だがアメリカだと1泊2日で100万円が相場だそうだ)。
われわれが負担している医療費は先進国でも最も高い水準にあるのに、病院へ支払われるお金は先進国でも最も低い水準にあるというのは、何だかおかしくはないだろうか。スウェーデンの場合、いわゆる国民負担率(税金と社会保障負担の合計)は75%にも達するが、日本は40%未満。だから自己負担分が多くなるというのはわかりやすい議論かもしれないが、それでも医療費全体がそんなに安く抑えられているのに、さらに医療費を圧縮するというのはわからない議論である。
GDP比で見れば、7%という日本の医療費総額は決して大きいわけではない。先進国の平均が10%であるから、もし日本もその水準になれば、ざっと20兆円ぐらいを医療費に回すことも可能である(その分、何の支出をカットできるのか、それとも税金を多く徴収するのかという議論は必要だ)。別に日本がスウェーデン型になる必要もないし、今さらなることもできないと思うが、財政再建のために歳出カットが必要で、そのためには医療や介護で国民にも痛みを背負ってもらうという論理に安易に頼りすぎているのではないかと思う。
われわれも安易に税金は安ければ安いほどいいとは思わないほうがいい。国民負担率の最も低い国アメリカの医療は、保険に入っている人と、保険に入っていない人で受けられる治療には雲泥の差がある。そしてサッチャー革命で生き返った国、イギリスの医療はたとえばガンの手術は半年待たなければならないなど、かなり崩壊しているとされている。イギリスの医療費は対GDPで7%。奇しくも日本と同じ数字である。
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