「安倍首相」は何をしたいのか

自民党の次期総裁選挙。9月19日に党員投票、20日に国会議員の投票が行われ、そこ
で次期総裁が決定する。現時点では安倍晋三官房長官が独走態勢。残念ながら麻生外
相、谷垣財務相との論戦も低調で、早くも主流派入りを狙って各派閥が安倍支持を表
明する始末。とても政策論争に基づく後継総裁選びにはなりそうにもない。


安倍さんがいったい何をやりたいのか。著書『美しい日本』をざっと読んでみた。小
泉さんは音楽が好きだったが、安倍さんは映画が好きなようで、いたるところに映画
の話が出てくる。『ミリオンダラー・ベイビー』を国家への帰属意識と絡めて引用し
ていたのには驚いた。あの映画をそんな風に解釈できるとは知らなかった。それはと
もかく、保守本流のお家柄出身の安倍さんらしく、憲法改正というか自主憲法制定と
教育基本法改正が持論というのはよくわかる。1955年の保守合同は、まさに自主憲法
制定をめざした合同だったはずだ。



しかしどういう観点から憲法を改正しようとするのかというところは、正直、あまり
よくわからない。現在のような中途半端な自衛隊のあり方がよくないから、はっきり
と自衛「軍」として憲法できちんと規定したいと考えているのはわかる。自衛隊を自
衛軍としたところで、日本が再び他国を侵略することを意味するものではないという
こともわかる。しかし、他国に対して脅威となるかどうか、それを他国に対して担保
してきたのは、自衛隊の装備であり、米軍の存在であった。つまり自衛隊を使って他
国を侵略しようにもできない形にすることで、脅威とならないようにしてきたのであ
る。



実際、自衛隊は海を越えて他国を攻撃できるような装備を持っていない。たとえば、
地上攻撃機もなければ、長距離爆撃機もない。飛行機を積載して他国の沖合まで行け
る空母もない。戦闘機や攻撃機に燃料を供給する空中給油機もない。地上攻撃用のミ
サイルもない(飛行機などを迎撃するためのミサイルはかなり早くからあるが、これ
は防衛用である)。つまりこれまでは、日本の指導者が武力を背景に他国へ圧力をか
けようという野望をもったとしても、実際には不可能だったのである。そして日本の
野望にふたをしていたのが、米軍の存在であった。日本を守るということによって、
日本の軍事力が肥大化するのを防いできたのだ。その意味で日本国内にある米軍基地
は、日本にとってなくてはならない存在であったということもできる。



そうすると、自衛隊を自衛軍にするために憲法を改正するということが、どれほどの
意味を持つのだろうか。つまり自衛軍になったところで、実際にやれることは今と変
わらない。せいぜい多国籍軍あるいは国連軍への後方支援で出て行くときに、いちい
ち新たな法律をつくらなくてもよくなる程度ではないだろうか。もちろん自衛隊を憲
法として認めることは重要なことだと思う。解釈改憲という異常なことをやっている
と、ますます歯止めがなくなる可能性があるからである。



この本の中で、ちょっと面白い一節を見つけた。靖国参拝問題で、日本が軍国主義へ
の道を歩んでいるという批判に対し、「日本の指導者たちが、他国を攻撃するための
長距離ミサイルをもとうとしただろうか、核武装をしようとしているだろうか」と自
問し、「答えはすべてノーだ」と書く。つまり日本は軍国主義への道を歩んでいるわ
けではないというのである。



少し意地の悪い言い方になるが、北朝鮮のミサイルに対する防衛策として、自衛隊に
敵地攻撃能力をもたせることを検討するというのは、こうした文脈の中でどこに入る
のだろうか。それに核武装について研究する必要があると安倍さんはかつて言ったと
記憶する。そうすると安倍さんは、日本に軍国主義の道を歩ませようとしているのだ
ろうか。別に揚げ足取りをしているわけではなく、要するに他国への脅威になるかど
うかということについて、安倍さんはあまりにシンプルな反証を挙げているために、
説得力に欠けるということを言いたいのである。



しかしこの『美しい日本』という本で、あの第二次大戦をどう考えるのかという点に
ついては触れられていない。そしてそこで靖国神社がどういう役割を果たしたかとい
うことにも触れられていない。そういう意味では、せっかく本を書いたのに、安倍さ
んの歴史観はよくわからないのである。小泉さんも歴史観はまったくお粗末という他
はなかったが、安倍さんになってもその点は変わらないということだろうか。これで
は中国や韓国との関係改善はあまり期待できまい。そして関係改善がなければ、いく
ら北朝鮮への制裁と力んでみても、その効果も期待できないのではないだろうか。



(Copyrights 2006 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)


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