「安倍首相」の危うさ

森喜朗元首相、最近はときどき「うんうん」とうなずけるコメントをする。現役だっ たころは、「有権者は寝ていてくれたほうがいい」「日本は神の国だ」「ゴルフ場に いたほうが携帯電話がつながりやすい」などなど、首を傾げるコメントが多くて、最 後のコメントなどとうとう命取りになってしまった(ちなみにこのコメントは、水産 練習船えひめ丸が米海軍原潜にぶつけられて沈んだ第一報を受け、ゴルフ場にいた森 首相が官邸にすぐに戻らなかった理由を新聞記者に問われたときのコメントである)。

それらの「失言」に対して、最近のいいコメントとして次の二つを挙げたい。テポド ンを含む7発のミサイルを北朝鮮が発射した後、「中国や韓国の首脳とすぐに電話が できるようでなければいけない」と小泉首相を諫めた。さらに小泉総裁の後継者とし てほぼ決まりとされている安倍晋三官房長官について「小泉亜流ではだめだ」とクギ を刺した。もっともである。

小泉さんは、当時、自民党が言い出すとは思えなかった郵政民営化を打ち出し、「自 民党をぶっ壊す」と叫んで国民の圧倒的な支持を得た。特定郵便局長会が自民党の支 持基盤で巨大な集票マシンであり、そこに触ると選挙で勝てないというのが常識だっ たからである。特定郵便局は全国で1万9000局ほどあり、いわゆる郵便局の大部分を 占める。世襲制することができ、その地域では有力者であることも多いから、集票能 力は大きい。だから自民党は特定郵便局長会の力に「敬意」を払ってきた。この集票 マシンを壊すということは選挙で勝てないというのと同義だったと言ってもいい。少 なくとも、自民党はそう思いこんできたのである。ところが、ふたを開けてみれば、 郵政民営化選挙で小泉さんは圧勝したのである。今にして思えば「幽霊の正体見たり 枯れ尾花」ではあるが、一部の利益団体よりも国民全体に訴えたほうが政治的に有利 になることもあるということを小泉さんは示した。

常識が変わりつつあるときに、昔の常識にとらわれていては全体を見誤るということ もついでに明らかになった。たとえば日本医師会の集票力も言われるほどではないこ とも明らかになった。前々回の参議院選挙だったか、自民党の武見敬三参議院議員の 当確がいつ出るのか注目していたら、かなりぎりぎりになった。参議院の比例区だか らもっと早く当確が出て然るべきと思ったけれども、票の伸びが鈍かったのだろう。 日本医師会が彼の父親である故・武見太郎氏の時代よりははるかに結束力が落ちてい る(開業医の力が落ち、かつ病院勤務医との利害が対立するようになった)と言える のかもしれない。

小泉さんは、「自民党の常識は日本の非常識」と指摘することによって、国民の支持 をさらい、党内の抵抗勢力をなぎ倒してきた。ただこの戦術はリスクが大きい。小泉 さんのようにハプニングで首相になり、失うものはないと言い切れる人ならいいが、 安倍さんのように自他共に許す政界のプリンスだと、もし自爆したときのダメージは 計り知れない。それに小泉さんと違って、安倍さん自身が変化を求める人かどうかと いうこともある。「再チャレンジできる社会」というのは、変化あるいは変革を求め るメッセージとしては弱すぎる(自分が若いから、首相として一度は失敗してもまた やらせて欲しいというのなら、少なくとも気持は分からなくはないが)。

もし安倍さんの変革の姿勢が弱く、それなのに変革の後継者と名乗ると、これは森さ んが懸念する「小泉亜流」にしかなりようがない。そして亜流になったら、とたんに 政権浮揚力は落ちる。よく言われるように、凧はアゲインストの風を受ければ受ける ほど高く上がる。亜流ということは、やや姿勢が日和見になるということだから、風 をまともに受けられなくなる。当然、国民的な支持率は落ち、党内の抵抗勢力を抑え 込むだけの力が得られない。

ここで一番危険なのは、国民の支持率を上げるために、中国や韓国との緊張関係を利 用しようとすることである。昭和天皇発言メモが明らかになって風向きが変わってき たようだが、国民の半分は靖国神社について中国や韓国が文句をつけることに反発し ていた。これを利用するために靖国神社への参拝を続けるだけでなく、小泉さんもや らなかった(少なくとも去年までは)8月15日の参拝を強行したり、あるいは日本が これまでの「自衛」という枠組みを取り払って軍備を強化(たとえば敵地攻撃兵器を 導入する)したりすることに踏み切ることも考えられる。

小泉さんと違って安倍さんが首相になっても、国民にとって「サプライズ」はない。 その分、安倍さんが大向こうの受けを狙ってサプライズ作戦を展開しようとすること があれば、その内容次第で日本は相当危ない橋を渡ることにもなりかねない。

(Copyrights 2006 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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