出過ぎた釘

村上ファンドを率いる村上世彰氏は、東京地検特捜部から事情聴取され、ニッポン放 送をめぐるインサイダー取引を認めたことを明らかにした。そして株式市場から身を 引くと語った。ライブドアがニッポン放送を買収したがっていることを知った後も、 ニッポン放送の株を買ったことが証券取引法違反になることを受け入れたという。

村上氏は、それによって儲けるつもりはなく、ニッポン放送を買ったのは株主価値の 向上をめざすものだったとしている。しかし、「聞いてしまった」後も株を買ったこ とは自分の責任であるとして、証券市場の「プロ中のプロ」を自認する自分が、証券 取引法に違反したのだから罪を償うと語った(もっとも検察側は、村上氏は消極的な インサイダー取引ではなく、積極的にインサイダー取引をしたと考えているようだ)。

この7年間、村上氏は日本の証券市場を騒がし続けた。東京スタイル、あいおい損害 保険、明星食品、角川ホールディングス、ニッポン放送、大阪証券取引所、阪神電鉄 などなど。そこでの村上氏の主張は一貫している。モノ言う株主として株主価値を上 げることを経営陣に要求するということだ。企業は株主のものであり、経営陣は株主 の利益を最大にするよう努力すべきだという確固たる信念に基づいた行動であるよう に見える。

たしかに、日本の企業は株主を軽んじてきた。それは事実である。もう少し正確に言 えば、大株主には配慮しても、一般株主はほとんど無視してきたのである。大株主は 親会社であり、基本的には親会社の社内会議ですべてが決まるような形になっている 会社も少なくない。そのようなケースでは、企業統治(コーポレート・ガバナンス) はもとより、法令遵守(コンプライアンス)さえ、身内の論理で押し通すこともよく あった。

株主総会の招集通知ですら、できるだけ株主が議決権を行使しやすいように早い時期 に発送するように努力しはじめたのはつい最近のことである。かつて株主総会は、で きるだけ身内の株主でシャンシャンと済ませるのがベストとされてきた。そこに「特 殊株主すなわち総会屋」が跋扈する余地があった。そうなってきたのは、日本の戦後 復興が財政資金や企業グループ、金融機関の主導でなされてきたことと関係がある。 要するに開かれた資本市場が育っていなかったから、一般投資家など企業の眼中にな かったのだ。

身内の論理で経営されている会社は、その意味で一般株主を軽視していたから、株主 価値の向上が経営の最大の目標になることはなかった。もっと言えば、一部の大株主 のご機嫌さえとっていれば、経営陣は安泰だったのである。自社の資産が有効に使わ れておらず、その結果、企業の価値が本来もっと高いのが当然だとしても、それを理 由に経営陣は責任を問われなかった。責任を問われるのは赤字経営が続いたとき、そ れにスキャンダルである。

村上ファンドがついたのはまさにその点だ。しかしファンドが株主になって経営者に 経営の改善を要求するとしても、実際にその企業の価値を向上させられるような提案 ができるのかどうかは別問題である。通常、経営について十分な内部情報をもってい ないだろうから、あくまでも外部から見ての提案にならざるをえない。有効に使われ ていない土地を売却せよとか、あまっているキャッシュを分配しろとかいう程度であ る。

もし現経営陣から拒否されると、後はどれだけの株(つまりは議決権)を集められる か、取締役など経営に直接タッチする人間を送り込めるかにかかってしまう。村上ファ ンドに株を買われたことで、株主への対応が変わってきた会社もあるが、何にも変わ らない会社もある。村上ファンドは、現状を変える「壊し屋」としての役割を担った が、新しいシステムを作り出すことはなかった。

一方、村上ファンドに日本だけでなく海外からも巨額の資金が集まるようになった。 4000億円ともいわれるようになってからは、ファンドの性格が変わったようだ。それ は当然のことだと思う。他人の資金が入ってくれば、そこで要求されるのはパフォー マンスであって、理念などは関係ない。パフォーマンスを上げるためには、株価が値 上がりすることが条件。長期的に株価が上がるのは、一般株主にとってありがたいこ とに違いないが、目先だけ値上がりしても、一般株主のためにはならないことも多い。

投資した会社にどれだけ長期にコミットするのか、それとも株を買い占めて短期的に ただ儲けようとするのか。村上ファンドがどちらのグループに属するのか、いま一つ 判然としない。村上氏はもちろん前者であることを強調するのだが、やってきたこと を見ると、すんなりとはうなずけないのである。それでも村上ファンドが日本の証券 市場の変革に一役買ったことは事実である。この流れを持続できるかどうかは、企業 や一般株主、それに証券会社がどれだけ自分たちの役割を自覚するかにかかっている。

(Copyrights 2006 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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