医師を処罰する

慈恵医大青戸病院で腹空鏡による前立腺ガン手術を受けた男性が死亡したのは2002年 のことである。この手術を執刀した医師と主治医、助手の3人が業務上過失致死で起 訴され、東京地裁は6月15日、執行猶予付きではあるが禁固2年から2年半の有罪判決 を下した。

腹空鏡手術は、開腹手術と違って患者の体に大きな傷をつくらないため、患者の負担 も少なく、術後の回復も早いとされている。ただモニターを見ながらの手術になるた めに熟練が必要とされている。しかし青戸病院のケースでは、執刀医となった医師で すら腹空鏡による前立腺手術に助手として2回参加しただけで、後は誰も経験がなかっ たし、経験のある医師の監督も受けていなかった。

つまり彼ら3人の医師は、手術をする資格がないのに手術をして結果的に患者を死亡 させたのである。さらにこの手術は学内の倫理委員会の承認も受けずになされた。そ して青戸病院は、事故後、患者の家族に対して心不全が起きたと虚偽の説明をし、事 故を隠蔽しようとした。

ここまで読めば、東京地裁が有罪判決を下したのは当然という気もする。しかし、彼 ら3人の医師を断罪するだけでいいのか、そこは考えてみなければなるまい。まず、 医師は無謬(誤りをおかさない)であるわけではない。医師にせよ看護師にせよ必ず 間違う。人間である以上、完璧を求めることは不可能である。そして間違えた医療関 係者を処罰することは簡単だが、それよりも重要なことはいかに同じ間違いを防ぐか ということだ。その観点から見たときに、この3人の医師を有罪にしても問題は解決 しない。

たとえばなぜ学内の倫理委員会を経ずしてこの手術が可能だったのか、手術室にいた のは、執刀医をはじめ医師だけでも5人はいたはずだし、看護師もいたはずだ。それ らの人々のうち誰一人「こんな手術をして大丈夫なのか」という疑問を抱かなかった のだろうか。医師がやるといえば、看護師は黙って従うしかなかったのだろうか。ER を見ていても、「あなたにはそれをする資格がない」と指摘をする看護師や医師がい る。命令に従えと言われても、「クビになる」といって手術室を出る看護師もいる。 日本の医療現場では、あまりにも医師が医療ヒエラルキーの頂点に立ちすぎていない か。

もう一つの論点は、医療に警察が介入することの是非である。福島県立大野病院の産 婦人科医が癒着胎盤の患者を死なせて業務上過失致死に問われた。この件に関しては 全国の産婦人科医から反発が巻き起こっている。癒着胎盤は診断が難しく、なおかつ 処置も非常に難しいとされ、あの場合は医療過誤ではなく医療事故であるというのが 反発の理由である。警察は医学の素人である。さらに悪いことに、警察は「犯人」を 挙げるのが仕事。つまり医療事故であれ、医療過誤であれ、「誰か」の責任にするの が警察の仕事である。

しかし、誰かの責任にしようとすればするほど、場合によっては隠蔽されることにな る。そして運悪く「誰か」が警察に逮捕されたりすると、ますます医者は萎縮してし まうことになるだろう。さらに病院の中でも誰かに責任があるということになって、 後は「皆さん、気を付けましょう」という精神運動になってしまいかねない。これで は医療事故や医療過誤は減らない。無謬ではありえないのだから、気を付けるのでは なく、なぜそれが起きたのかを追及し、起こらないようなシステムにするのである。

以前、麻酔のガスの取り違えで患者を死なせるという事故があった。そうであれば取 り違えないように気を付けるというのではなく、取り違えられないようにホースの口 金の形状を変えればいいのである。薬の処方量を一桁間違うという事故もある。処方 をコンピュータ化して異常値には警報が出るようにしておけば、もう一度確認するこ ともできるだろう。誤解を恐れずに敢えていえば、医療事故は二度と同じことが起き ないようにすることが重要なのであって、「犯人」を罰することが重要なのではない。 有罪になった3人の医師は、人の命を軽んじた傲慢さを十分に反省し、かつ患者の遺 族に対して心の底から謝罪してほしいと思う。しかし、彼らを医療の世界から放逐す れば日本の医療界がその分だけよくなるとは思えないのである。

(Copyrights 2006 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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