愛国心の危うさ

4月28日、小泉内閣は教育基本法改正案を閣議決定し、国会に提出した。今国会(6 月18日まで)中に成立するかどうかは微妙なところで、一部では7月いっぱいまでの 会期延長が必要とも言われている(今のところ小泉首相は会期延長に否定的だ)。教 育基本法改正は、自民党(とりわけ右派)の「悲願」だ。1990年代後半から、日本全 体が何となく右傾化してきたのも、改正意欲に拍車をかけた。卒業式や入学式での国 家斉唱、国旗掲揚についてさまざまな論議が盛んに行われたころである。

中曽根元首相が教育基本法の見直しを積極的に提唱しはじめ、それと軌を一にするか のように、自虐史観の見直しが強く叫ばれ始めた。そして2000年、故小渕元首相が私 的諮問機関として教育改革国民会議を設置した。この国民会議が最終報告を出したの がその年の暮れも押し詰まった12月22日。この報告のなかで、教育基本法の改正に触 れていることが、改正作業に動き出す直接のきっかけとなった。

教育改革国民会議の報告書には教育を変える17の提案という副題がついている。この 提案を読むかぎり、今回の教育基本法改正で問題点となっている「愛国心」教育とい うことが、それほど強調されているわけではない。提案のいくつかを拾ってみると、 教育の減点は家庭である、学校は道徳を教えることをためらわない、個性を伸ばす教 育システムを導入する、大学入試を多様化する、大学・大学院の教育・研究機能を強 化する、教師の意欲や努力が報われる評価される体制をつくる、新しい時代にふさわ しい教育基本法を、などなど、至極もっともなことも多い。

日本の教育の原点は、戦前は教育勅語、そして戦後は現行憲法と同様にアメリカの 「指導」のもとにつくられた教育基本法である。その教育基本法は、日本の戦後民主 主義教育において大きな役割を果たしてきた。しかしその一方で、戦後教育のさまざ まな問題点も露呈してきた。不登校やいじめ、学校の荒廃である。また自由や平等と いった理念に対する意識が過剰になったり、体罰に関して父兄が異常に敏感になった りもしている。それらがすべて教育基本法の問題であるとは思わないが、現在の体制 の中で、学校の現場がこうした問題点を解決する能力を欠いているのは事実だ。

現場で問題が解決されず、社会的に関心を呼ぶような少年犯罪が多発するなかで、教 育のあり方が議論されるのは当然の流れであった。そしてそこにつけ込んで、愛国心 教育をうたってしまおうという人たちが自民党を中心にいるのも事実である。しかし われわれ日本人には愛国心が足りないのだろうか。韓国や中国の「横暴」に対して、 カンカンになって怒らないから、イラクに自衛隊を送れば「国威発揚」になると考え ないから、愛国心が足りないというのだろうか。

愛国心とはそれほど単純ではないと思う。だいたい、国を愛していても(日本はいい 国だと思っていても)、今の政府を支持するかどうかは別問題である。つまり「日本 という国」と「日本という国家」とは違うと思う。国を愛していればこそ、イラクに 自衛隊を派遣しないほうがいいと考える人もいるだろう。そういった人々に「反日」 というレッテルを貼るのは間違いである。

あの9.11テロの翌年1月、アメリカでタクシーに乗ったら、ダッシュボードに星条旗 がきちんとたたんで置いてあった。「これがないと商売しにくいのか」と聞いたら、 「いや、別にそういうわけではないが」というやや煮え切らない返事。何となくそう いう雰囲気であるということが恐いことだと思う。対テロ戦争のためには、盗聴でも 違法な拘留でも可能になったのは、ブッシュ政権がつくりだしたこういう雰囲気が社 会に広まっていたからである。

「愛国心」という言葉で、社会が思考停止に陥ってしまうのが恐ろしいと思う。戦前 の軍部の暴走は、直接的には当時の指導者の問題ではあるが、社会にもそれを支える 雰囲気があったはずだ。ABCD包囲網というような言葉は、当時の日本人がほとんど知っ ていただろうし、鬼畜米英などという言葉も誰もが知っていただろう。そして当時は 日本の状況を客観的に見るための情報もあまり手に入らなかっただろう。本来、そう いった情報を伝えるべきメディア(主に新聞)はその役割を果たしていなかった。

教育とは、まさにこのようなことが起こらないために必要だと思う。戦争を起こさな いという意味ではなく、思考停止に陥らないという意味である。戦前、思考停止に陥 らず、政府の政策に疑問を呈していた人々は「非国民」と呼ばれた。そして愛国者を 標榜した人々が日本を瓦礫の山と化すのに一役買った。つまり愛する日本を壊してし まったのである。だから愛国心を政治家の玩具にしてはいけないのである。

(Copyrights 2006 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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