医療が良くなった?
内閣府が今年1月から3月にかけて調査した「社会意識に関する世論調査」が発表され
た。医療・福祉とか科学技術、治安、国の財政など24の分野をあげ、良い方向にむかっ
ているもの、悪い方向に向かっているものをあげてもらう(複数回答可)調査である。
悪い方向に向かっているものの第一位が治安、そして国の財政、外交、雇用・労働条
件、自然環境と続く。そして良い方向に向かっているものは、第一位が何と医療・福
祉。そして科学技術、通信・運輸、景気、国際化となっている。
国会で現在審議されている医療制度改革もそうだが、近年の医療制度改革は、基本的
に患者負担の増加による健保財政の改善が目玉である。そして国の財政再建のために
財政で負担している10兆円の医療費負担を減らそうとする。こんな状況の中で、どう
して医療・福祉が良い方向に向かっていると考える人が多いのかがわからない。
自治体病院などをはじめ病院経営が苦しいという話は多い。人件費負担が大きすぎる
とか、医師が来てくれないとか、その理由はいろいろあるが、病院経営が非常にむず
かしくなっていることは事実だろう。
こんな報道もある。4月から診療報酬が改定され、看護師1人が受け持つ入院患者が何
人いるかによって、報酬が変わる制度になった。15人の入院患者をみなければいけな
いような病院ではなく、7人の患者をみればいいような病院を優遇し、病院が看護師
を増やす努力をするように誘導するというものである。その結果、余裕のある病院は
看護師を増やしてより高い報酬をえようとする。余裕のない病院は看護師を引き抜か
れてますます報酬が下がり、採算がどんどん合わなくなるという現象が起きているの
だという。
効率のいい病院が生き残って、効率の悪い病院が立ちゆかなくなる。まさに最近流行
りの市場原理に基づく淘汰ということなのかもしれない。しかし問題は、病院はスー
パーマーケットではないということだ。すなわちお客の多いところに立地すればいい
という話だけではすまないのである。町立の病院がなくなってしまったために、お腹
の大きいお母さんが何時間も車に揺られなければ産科の医者に診てもらえなくなった
というケースをテレビで見た。実際にお産ということになったらどうなるのか、患者
の不安が募るのは当然である。
病院が地域から消えてしまった結果、このようなことが起きる。それだけではない。
病院があっても、たとえば産科などはなくなってしまうケースがある。24時間態勢で
働かねばならず、もし出産の過程で何かあればすぐに訴えられる産科医が、医学生の
間で敬遠されているからだ。今年に入ってからも、福島県立大野病院の産科医が医療
過誤と医師法違反で逮捕・起訴されるという事件が起きた。この医師の逮捕された容
疑をみると、果たして警察の介入が正当であったかどうか大いに疑問があるが、それ
は別として、県立病院だというのに、この病院で産科医は彼1人しかいなかった。そ
の医師が逮捕されてしまったために、大野病院では産科が休診になってしまった。新
しい産科医を雇おうにも、なかなか医師を確保できないのが実情だという。
このような病院がある一方で、千葉県鴨川にある亀田メディカルセンターのように、
きちんと利益を出しながら経営している病院もある。この病院は、ベッド辺りの医師
の数は日本の平均の約3倍だという。亀田信介院長はかつてインタビューに答えて、
「医療サービスを提供する医師の数を増やせば、むしろ収入に占める人件費の割合は
下がってくる」と語った。だから医師の確保ができた病院は経営が成り立ち、そうで
ない病院は形を変えて存続を図るしかなくなるというのである。
看護師の確保というのも、同じように医療サービスの担い手である看護師を確保しな
ければ収入の増加を図れないということなのだろうか。大都市あるいはその近郊にあ
る大型病院なら、医師を増やし、看護師を増やして増収を図ることができるかもしれ
ない。地方都市ではそれもむずかしいケースも多いだろうと思う。つまり、市場原理
でいける病院もあるし、そうではない病院もあるということである。こうした日本の
医療を市場原理だけで導こうとすれば、日本の医療が良い方向に向かっていると答え
る人は、来年以降、激減することになりはしないだろうか。
(Copyrights 2006 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)
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