NHK受信料を義務化する前に

職員のスキャンダルで揺れているNHK。もうカラ出張ぐらいでは国民もびっくりしな くなっているようだ。しかしカラ出張の金額が1000万円を遙かに超えると言われると、 NHKという組織はいったいどうなっているのだろうと思ってしまう。だいたい、カラ 出張を上司が見破れないこと自体が異常である。会長が謝ればすむ問題ではない。

その一方で総務省は、NHKの受信料支払いを義務化しようという検討を進めるという。 竹中総務大臣の私的懇談会である「通信・放送の在り方に関する懇談会」座長である 松原聡東洋大教授は「受信料の徴収方法にまで踏み込んで報告書を書かないといけな い」と語ったと報道されている。その代わりと言っては何だが、電波の数を減らして 受信料を安くするのだそうだ。

スキャンダルを契機に受信料の支払いを拒否している人たちは120万件だとされてい る。その他に確信犯として支払っていない世帯がほぼ1000万世帯存在する(私もそ の1人である)。こうした不払い世帯が30%にも及んでいるわけだから、現在の受信 料制度は、制度として破綻しているというべきである。国民年金でも、4割にも及ぶ 不払い者を放置するのでは社会保険庁の存在理由がないとされて解体されることになっ たではないか。

だからといってNHKを解体すべきだとは思わない。今の日本でスポンサーに左右され ない電波は貴重だと思うからだ。しかし今のNHKをそのままにして受信料支払いを義 務化(要するに罰則をつけるということだ)するというのでは抵抗がある。「安くす れば義務化しても問題はあるまい、だから電波の数を減らす」というのはどうも話が 短絡している。むしろ、NHKはどんな番組を制作し、放送すべきなのかを問い直すの が先だろう。僕自身がNHKに期待するのは、報道とドキュメンタリー、社会派ドラマ などだ。要するに、民放ではなかなかスポンサーがつきにくい分野である。

それにもう一つ注文がある。NHKと朝日新聞が大げんかする遠因ともなった与党政治 家へ「すり寄る」NHKの体質は何とかしなければなるまい。実際に地球法廷という番 組でそういうことがあったかどうかは別にして、国会で予算が承認されることになっ ているから、システム的にNHKは与党国会議員に弱いのである。義務化するついでに、 国会承認というプロセスを外してもいいのではないかと思う。その代わり、視聴者や 有識者でNHKの「役員会」を構成し、そこがNHK経営陣の任免権を持つようにしたらど うだろう(今よりももっと権力も見識ももった経営委員ということである)。そして 経営内容はいつも国民に向かって明らかにされるようにする。

与党にすり寄る体質があるために、「不偏不党」などというあり得ないドグマで自分 自身を縛ることになる。そして今度はその不偏不党を材料に、電波の認可と絡めて権 力者から「脅される」という構造ができあがってしまうのだ。考えても見るがいい。 よく政府は、「電波は公共のもの」というが、その電波を左右しているのは役人であ り、そこに影響力があるのは与党なのだ。電波を公共のものとして公正に分配するに は、その公正さを担保する何かが必要だ。それは絶対に役所ではない。

放送やジャーナリズムは、権力の番犬でいるのが役目だ。「番犬」ということは「反 権力」とは限らない。権力がすることを注意深く見守っているということである。一 般市民が国家や社会に害をなすことはむずかしいが、権力が国家や社会に害をなすこ とは容易だからである。しかし「反権力」と言ってしまうと、それは逆にNHKをイデ オロギーで縛ることにつながるし、もしNHKがそれまで支持する政党が政権を取った ら、権力にすり寄ることにもなりかねない。番犬は誰にでも平等に吠えつくのではな く、「怪しい」と思った人間に吠えついてくれればいい(そして権力者は常に「怪し い」のである)。もちろん判断を間違うこともあるだろう。間違えたときは、素直に 国民に向かって謝罪すればいい話だ(もちろん経営陣が責任を取らなければいけない ケースもありうると思う)。

NHKをめぐる議論は、チャネルの数や番組の内容だけでなく、メディアとしての哲学 的問題も含めて徹底的にやってほしいものだと思う。そういった議論がすべて明らか にされて、その上で受信料を義務化するのであれば、不払い確信犯である僕も、そろ そろ年貢を納めてもいいという気になるかもしれないと考えている。

(Copyrights 2006 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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