核保有国の二枚舌

国際関係においては、ダブルスタンダードというのはよくある話。自国の利益を追求 するときには、各国ともかなり平気で二枚舌を使う。いわばゲームのルールを変える ようなものだ。だから大国の得意技である。なぜなら大国は、自分の都合でゲームの ルールを変えるだけの力を持っているからだ。

その意味で、アメリカは二枚舌のチャンピオンである。温暖化ガス規制でも、自国の 産業の競争力がなくなるという国内議論に負けて、京都議定書から離脱してしまう。 アメリカは企業も個人もエネルギー効率が悪いことを知っていながら、そこには目を つぶってしまった(GMがおかしくなったのも、実は省エネという流れを無視してきた ところに原因があると思う)。「われわれはもっと効果的な削減案を検討している」 などと米政府の役人は語っていたが、それは言い逃れにしかすぎまい。

アメリカがインドと原子力分野で協力するというニュースも二枚舌の典型のようなも のだ。まずインドはいわゆる核クラブ(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中 国)ではない核兵器保有国である。すなわち核クラブの国が言う「核不拡散」からす れば、パキスタンなどと並んで目障りな国なのである。もちろんインドはNPT (核不 拡散条約)に署名していない。

アメリカとインドの合意の結果、インドが一部とはいえ原子炉へのIAEA(国際原子力 機関)の査察を受け入れるというのは、ブッシュ大統領が言うように「一定の進歩」 なのかもしれない。しかし軍事用の原子炉への査察は相変わらず拒否したままだ。イ ンドが保有する原子炉22基のうち何基を査察するのか正確な情報は確認されていない が、インドの新聞は14基と報じている。しかも兵器級のプルトニウムを生産する高速 増殖炉はもちろん査察対象外である。

インドにとっては、ウラン燃料や原子力技術などでアメリカの協力を得られることは 大きなメリットだ(アメリカだけではなくすでにフランスもインドに対して原子力で の協力を約束している)。高度成長が続いているインドでは電力需要がこれから急速 に増えてくるが、それを賄うのは原子力発電所。しかし現在のように核クラブ各国か らにらまれたままでは、燃料なども間に合わない。それが今回の合意で、アメリカや フランスから燃料が得られるようになった。

それだけではない。結局、インドは事実上、核兵器の保有を承認された形になった (つまり核兵器を保有していても核大国から嫌がらせがないということである)。い わば核クラブへの招待状を手にしたわけだ。だからインドにとっては大勝利である。

アメリカがインドをこれだけ「優遇」するのは、中国に対する牽制である。インドと 同様に高度経済成長を謳歌している中国は、最近は人民解放軍の近代化・増強に多額 の予算を注ぎ込んでいる。その中身が不透明であるとしてアメリカはしきりに中国に 牽制球を投げているほか、経済でも対中貿易赤字が大きいことをはじめとして、元切 り上げの圧力をかけている。

しかし、インドを認めるならば、北朝鮮やイランがウラン濃縮をしたりすることをな ぜ認めないのかということにもなるだろう。まして北朝鮮もイランも、平和利用のた めの核技術は誰にも制限されるべきではないという議論を展開している(その裏に核 兵器開発という野望があるとしても、少なくとも表向きはそう説明している)。

インドは核兵器を保有しているし、民生用の原子炉以外に軍事用の原子炉があること を隠しもしない。さらにプルトニウムを生産するための高速増殖炉で将来的に必要な 量のプルトニウムを確保しようとしている。それでもアメリカは原子力技術で協力す るというのである。

この二枚舌はいかにもひどい。いまにもイランに対する制裁論議(悪くすれば軍事侵 攻)が始まろうかというときに、インドに対するアメリカの姿勢は著しく説得力を欠 くものだ。国連に場所を移すイラン問題に関して、アメリカは強硬姿勢を貫くだろう が、世界の共感を得られないアメリカの二枚舌に日本は追随するべきではあるまい。

(Copyrights 2006 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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