医療事故をどう防ぐ

先週、福島県立大野病院の産科専門医が、業務上過失致死と医師法違反の容疑で逮 捕・起訴された事件について書いた。その後、とくに大きな状況変化があったわけで はないが、日本各地の産科医が検察に強く反発している。この事件は過誤ではなく事 故であるという。つまり他の医者がこの患者を手がけても同じことになる可能性が大 きいとする。このようなケースで逮捕されるのだったら、むずかしい患者は扱わない ほうがいいと考える医者も出てくるとも指摘されている。

過誤か事故かという問題は判断がむずかしい。加えて警察が介入すべきかどうかの判 断もむずかしい。今回の場合は、すでに福島県の公務員としての処分も下され、病院 の調査によって事故報告書も公表されている中での逮捕だった。別にそこまでしなく ても、事情聴取はできたはずだとする意見も根強くある。

もともと僕自身は、警察が医療事故にあまりにも及び腰で、とんでもない医療過誤が 見過ごされていることに苛立ちを感じていた。ミスを隠すために東京女子医大でカル テが改竄された事件や、慈恵医大青戸病院で未経験の医師が内規に違反して腹腔鏡手 術を行って患者を死亡させた事件などは警察の介入も当然だと思った。ただ今回の場 合は、釈然としないものが残る。

そして、本来は警察が介入するかどうかよりも、医療事故をどうやって防ぐかという 根本問題を解決することのほうが重要である。日本では年間1000件を越える医療事故 が発生している(日本医療機能評価機構の調査による)。その報告書を眺めると、事 故がなぜ起きたのか、本質的な原因を追及する姿勢がやや弱いのではないかと感じる。 本質的な原因とは、事故を起こした医療従事者が睡眠不足だったとか、不注意だった とか、そういうことではない。人間の責に帰す前にシステムや制度の問題として考え る姿勢が重要だと思う。

たとえば、似た名前の薬があるときに、それを間違えないようにするにはどうしたら いいかとか、パイプの接続を間違う可能性があったら、そもそもパイプの径を変えて、 絶対につながらないように変えるということなどだ。ともすると「みんなで次から気 をつけよう」式の精神論で終わらせてしまいがちなのだが、人間は必ず間違うものと 考えれば、仕組みを変えるという発想になるはずである。それが航空機や原子力発電 所などで言われるフェイル・セーフである。医療現場での「ヒヤリ・ハット」を、注 意を喚起するだけで防ごうとするのは、厳しい言い方をすれば誤りである。

また医療の中心が医師であるという態勢も間違いを発見しにくくなるもとだという指 摘もある。医師の処方について疑問があっても、それを医師に問いただすことができ ないままに、患者に投与し、結果的に患者は取り返しのつかないダメージを受けると いうケースが後を絶たない。

どこの病院だったか、赤ちゃんに適正量の10倍の抗生物質を投与したため、その子の 手が壊死して指を全部切除せざるをえなくなったという事件があったと記憶する。こ のケースでも、おそらく看護師や薬剤師は処方について疑問を抱いたはずだ。それを 確かめきれないというところに問題がある。医療の場面において医師はその頂点にい て、そこに疑問を差し挟むのは医師以外の医療従事者にとっては勇気がいることだか らである。しかし、その医師の処方ミスによって、その子供はその手で物をつかむこ とは一生できなくなった。患者を中心に考えれば、もし医師の処置に疑問があれば遠 慮なく問うような雰囲気づくりが大切である。

その一方で、あまりに医療従事者の責任ばかり追及しようとすると、医療事故がます ます表に出てきにくくなるということも考えなければならない。事故の責任はともか く、まず表に出して、根本的な原因を追及し、情報をすべての医療機関が共有するこ とで改善策を講じなければ、医療事故を減らすことはできまい。

とかくわれわれはとんでもない医師が罰せられることを望むあまり、本質的に重要な 医療事故を防ぐという観点を忘れがちだ。そして危険なのは、とんでもない医師を判 断する基準が、結果的に患者が死亡とか重い障害が残ったとかいう結果論に偏りがち であるということだ。そのリスクを避けて、より本質的な議論を深められるかどうか、 それが日本の医療の将来を左右する。

(Copyrights 2006 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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コメント

 医療は本来不確実なものだと思います。医師にできることはその時点で可能性の高い診断に基づいて医学上可能なことを行うのみです。
 最近異常な書類送検・逮捕が増えています。「割り箸事件」でも多くの医師が診断困難と考え無罪が妥当であり過失を認めた点を不当だと考えていますが、マスメディアはあたかも不当判決のごとく視聴者に訴える再現映像と共に報道しました。遺族の感情はわかりますが、司法や社会が遺族同様の行動をするのは、医療をゆがめることにしかなりません。先に待つのは防衛医療です。
 今の状況は異常です。外科学会の発表の中でも「・・・そして不当に対し現在の医師は静かに現場をさる」といった発言があったそうです。
 医療側は非常に危機感を持っていますが、社会もマスコミもまったく気がついていません。

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