「外交上の機密」と「外務省の秘密」

最近、目を引く判決があった。一つは2月末に東京地裁の大門匡(だいもんたすく) 裁判長が下した判決。外務省の機密費の文書公開を求めたNPOの請求を外務省が拒否 したことについて、大部分の書類の開示を命じた判決である。

外務省の機密費というのは、「公にしないことを前提とする外交活動に使われる費用」 とされている。どこの国でも外交機密費や情報当局の機密費は存在する。それらの金 は、領収書のいらない金だ。要するに、使途を追及されない金である。アメリカ のCIAなどはあちこちの役所の予算にばらまかれているため、予算の詳細は外部から うかがいしれないようになっている(イギリスの対外情報機関であるMI6も同様だと 記憶している)。

使途を説明しなくてもいい予算をもっていると、その組織は必ずと言っていいほど堕 落する。CIAが過去に起こしたさまざまなスキャンダはその表れだ。そしてCIAにとっ て最大の「スキャンダル」は2001年9月11日の同時多発テロを防げなかったことであ り、またイラクに関して正確な情報をもたらすことができなかったことである。

そしてわが外務省。機密費という名前にふさわしい使い方としては、機密情報の情報 源に対する謝礼や情報収集活動に伴う費用であるだろうと想像する。この機密費が問 題になったのは、外務省の幹部がその金を横領して競走馬を買ったり、愛人を住まわ せるマンションを買ったりしたからだ。そしてこういった資金から、レセプションや ら絵画、ワインの購入など、納税者の目から見れば、別に公表しても差し支えないよ うな金が支出されていたからだ。

ある警察庁の幹部は、外務省の機密費問題が露見したときに、こう語った。「警察で も報償費(情報提供者に支払う金)はあるが、領収書は必ず取る。もちろん情報提供 者を保護する観点から、その領収書に書かれる名前は本名ではない」。本名でなけれ ば、それが本物かどうかは判断しにくいと思うが、内部的にも何の管理もしない外務 省は自ら腐敗の温床を作っているようなものだと思う。

でたらめな使い方が明らかになってしまった以上、機密費のうち本当にどれだけの金 が、国益のための情報収集活動に使われているのかを外務省は明らかにする義務があ る。もし国民に明らかにすることができないなら、国会の秘密会でもいいかもしれな い(国会議員に秘密が守れるはずがないという懸念はあるにしても)。その意味で、 今回の判決は画期的かつまっとうだと言える。

しかし当然ながら外務省はこれを不服として控訴した。外交上、支障が出るというの である。ワインや絵画、パーティの内訳が明らかになって、何の外交上の支障が出る というのか、まったく理解できない(実際の情報収集に使っている金額が明らかになっ て、日本政府の情報収集力とはその程度のものかと他国に見くびられては困るという のなら理解はできるが)。

最近、前志木市長の穂坂邦夫氏の話を聞いた。地方分権を拡大するために、努力され てきた穂坂氏の言葉の中で、「お役人にとっては、税金は他人の金だから」という言 葉が印象に残っている。民間でも、会社の金を他人の金だと思って無駄に使う従業員 はいる。でも会社であれば上司がそれをチェックするし、当然、目に余る出費はその 社員の評価にも関わる。しかし税金の場合、会計検査院がチェックして勧告したとし ても、それが個人の評価に関わるわけではない。なぜなら先輩も含めて「みんなで渡 れば恐くない」からである。

他人の金はできるだけたくさん使いたいものだろう。これは外務省に限らない。予算 をたくさん分捕ってくる大臣が力のある大臣だという論理はいまだに変わっていない はずだ。予算はその省庁の権力の源泉であるのだからなおさらである。それが自分の 懐ではなく、他人のお金だったら、惜しみなく使いたくなったとしても不思議はない。

機密費のような説明のいらない金ほど、便利な金はない。だからどこの省庁でも余っ た金をプールしたり、関連する外郭団体からかすめ取ったりしている。しかし外務省 は、説明責任のない金を堂々と要求できる。だからこそ、外務省としてきちんとしな ければいけないと思うが、そんな青臭い議論したら外務省の中ではきっとつまはじき にされるのだろう。

それにしても田中真紀子外務大臣のときに、あれほど大騒ぎした外務省改革。機密費 や海外赴任の諸手当などが実際にどうなったのか、丁寧なフォロー記事が見あたらな いのはどうしたものだろうか。官僚出身の川口順子大臣のときに、すっかり外務省改 革は骨抜きになったという話も聞いた。いったい外務省がどうなったのか、読者も久々 に知りたいのではないかと思うが、どうだろう。

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