妬みの社会学
今国会では、小泉改革の負の部分にいろいろ焦点があたっている。粉飾疑惑などで逮 捕されたホリエモンを昨年9月の総選挙で自民党が応援したこととか、米国産牛肉が 輸入再開後すぐに特定危険部位を除いていないことが判明したこととか、検査の民間 委託に絡んで耐震偽装が行われたこととか、さらには貧富の格差が広がっていること などである。
小泉首相は、貧富の格差を問われて、「これまで日本では悪平等という面もあった」
とし、「豊かな人を妬んで足を引っ張るような社会は望ましくない」と語った。確か
に、資本主義国の中で日本ほど社会主義的な国はないと言われてみたり、中国が社会
主義的資本主義国であるとすれば、日本は資本主義的社会主義国であると言われてき
たのは事実だ。
たとえば税金。日本に限らず所得税については累進税率を採用している国がほとんど
だ。税金を払う能力のある人に多くを負担してもらって、社会を維持しようという考
え方はわかりやすい。つまりは税金による所得の「再配分」ということである。この
再配分が行き過ぎれば(すなわち所得が多い人は税金を多く取られて、結局所得が少
ない人と税引き後の所得はあまり変わらないというような状態)、誰もがんばって所
得を増やそうとはしないだろう。そうなれば当然、社会が豊かになる活力も失われる
はずである。
所得が多い人ほど、国や地方自治体のサービスをたくさん使っているとは言い切れな
いのだから、「人頭税」(1人1人の住民に頭割りで税を課す)という考え方もあり
うる。古くからある課税法だが、最近ではイギリスのサッチャー首相が導入して話題
になった。そして国民からは大変な不評を買い、サッチャー退陣の一つの理由とされ
ている。この人頭税という考え方は所得再配分という機能をまったく持たない。
日本の所得税率は、かつて最高税率が70%(地方税を入れると78%)であった。それ
が今は37%(地方税を入れて50%)だ。「金持ち優遇減税」と言われてきたゆえんで
ある。主要国を比べてみると、アメリカは35%、イギリスが40%、ドイツが42%、フ
ランスが48%だから、日本がとびきり金持ち優遇であるとは言いにくいが、少なくと
も累進税率が緩やかになったのだから、昔に比べて「格差が広がった」のは事実だろ
うと思う。
格差が広がることそのものを悪という見方もできるが、ここはもう少し冷静に考える
必要がある。まずは格差なき社会が本当にいいのか。たとえば国民全員が稼いだ所得
を国が全部召し上げて(税率100%だ)、そこから国にとって必要な費用を引いて残
りを国民に平等に配分する社会を考えてみるがいい。完全な平等社会である。こんな
社会で誰がリスクを取って起業しようとするだろうか。誰が身を粉にして働くだろう
か。働こうが働くまいが、同僚や隣人と同じ所得だったら楽をしていたいに決まって
いる。人間の欲を刺激しないこういった社会は発展する原動力を失う。共産主義の理
想に燃えたはずのソビエト連邦がなぜ崩壊したか、中国がなぜ資本主義的な要素を取
り入れたかをという歴史的な経緯を見れば明らかだと思う。
格差がない社会は残念ながら現代では機能しない(人間がもっと賢くなるはずの未来
社会なら格差なき社会が実現するかもしれないが)とすると、どれほどの格差なら許
容できるのだろうか。すなわち人間の欲を刺激し、かつ「負け組」の人が妬まない程
度の格差ということである。その答えは誰にもわからないはずだ。おそらく社会は、
格差が大きくなりすぎたり、あるいは逆に小さくなりすぎたりということを繰り返し
ながら発展していくのだと思う。
問題なのは、格差をめぐる議論はついついひがみっぽい感情論に陥りがちだというこ
とである。たとえば閣僚の資産公開にしても、本来は閣僚になったときと閣僚を辞め
たときとを比較することが重要なのであって、資産が多いか少ないかが問題ではない。
それなのに「○○大臣は何億円」とか書かれたりする。また医療費の議論で診療報酬
の話が出ると、国民は診療報酬の引き下げには拍手する(今年は3%の引き下げ)。
しかし医師の収入は本当に多すぎるのかどうか。昔からの開業医はともかく、大病院
の勤務医などはその激務ぶりに見合わない収入しか得ていない。これでは激務になら
ない診療科目を選ぶ医師ばかりが増えてしまい、日本の医療水準そのものが低下する
危険もある。それなのに医師の収入は多いからという固定観念だけで見てしまう(だ
いたい医師の収入がどれぐらいだったらいいのかと決めることはできるのかというこ
とも気になる)。
かつて世間をにぎわせたリクルート事件。リクルートグループの未公開株を政治家や
マスコミ人、財界人がもらったり買ったりして、その会社が上場したときに大儲けし
た。もちろん政治家はそういう利益供与を受けてはいけない。マスコミ人も職業倫理
として問題だと思う。しかし当時、財界人も政治家やマスコミの人間といっしょに袋
だたきにあった。そして公職を退いたりしたものである。それが僕には理解できない。
濡れ手に粟であれ何であれ、未公開株をコネを通じて取得するチャンスがあり、その
チャンスをものにしただけのこと。一般庶民には縁のない金儲けの仕方ではあるが、
ルールに則ったものであるかぎり非難されるべきものではあるまい。この事件でかい
ま見えた議論のゆがみは、いまでも相変わらずマスコミや言論人の間にあるような気
がして仕方がないのである。
(Copyrights 2006 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)
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