皇室典範改正、先延ばしの愚

今国会での皇室典範改正案提出は見送られるという。有識者会議の答申に基づくこの 改正案は、これまでの男系男子による皇位継承を、女性そして女系でも可とし、なお かつ男女を問わず長子によって継承するという大幅な改正案であった。それだけに一 部では反発も強かったし、皇族の中からも三笠宮寛仁親王が反対の声をあげた。ただ 一般的には、女性・女系天皇を認めてもいいのではないかという声が多い。昨年、女 性サイトのイー・ウーマンでサーベイしたときも、女性・女系天皇は日本の伝統を破 壊するかという問いかけに対し、80%を越える人がノーと答えている。

周知のように、歴史的に女性天皇は存在した。しかし皇位の継承は必ず男系で行われ てきた。すなわち女性天皇の子供が皇位についた(女系天皇)ことはない。男系で家 系を継承するというのは、もともとは中国由来のものである。そして天皇家は神話の 時代を除いても世界で最も古くから男系で続く家系であるのだそうだ。日本の歴史と 表裏一体となって続いてきた特別な家系をわれわれの代で崩していいのかというのが 反対派の主な言い分だ。

団塊の世代である私は、親の世代と違って「ジンム・スイゼイ・アンネイ・イトク・ コウショウ・・・」と歴代天皇の名前を暗誦したことはない。大日本帝国憲法の第3 条「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」という現人神である天皇を敬ってきたわけでも ない。1946年1月1日に「新日本建設に関する詔書」によって天皇が「人間宣言」をし たときに、おそらく多くの国民が受けたであろうショックも知らない。私が物心つい たころには、天皇はすでに人間であった。

日本国憲法第1条では「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、 この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と規定されている。常々不思議で あったのは、日本人はここに書かれている「総意」をいつ表明したのだろうかという ことだ。私たちの上の世代はともかく、私たちや下の世代にとっては、天皇制とは何 となく「昔からあるもの」だった。

そういう意味で現在の「お世継ぎ論争」は、天皇制そのものを改めて考えるいい機会 だと思う。「改めて考える」などと書くと、それこそ「不敬だ」という声が聞こえて きそうだが、「改めて考える」ことこそが皇室を国民に近づける第一歩であるはずだ。 すでに、昭和天皇が亡くなってから日本の皇室はかなり開かれてきたような感じがす る。とりわけ皇太子妃をかばう皇太子発言などは、事の正否を別にして、皇室が変わ りつつあることを実感させるものだった。

今回の皇室典範改正をめぐる議論を見ていても、オープンに語ることができつつある と思う。それなのに、自民党の武部勤幹事長の「皇室典範改正は大御心」という発言 はあまりにも時代錯誤である。天皇の意思が今回の改正のひとつのきっかけになった のは事実のようだが、それを「大御心」というような表現で改正という政治的課題を 正当化しようとするのは、日本国憲法の規定を理解していないとしか考えられない。 もっときつい言い方をすれば、戦前の日本軍部の手法と同じである。まさに武部さん には「教育が必要だ」と思う。

「改めて考える」機運がもりあがってきたところで、秋篠宮妃の懐妊が明らかになっ た。もし生まれてくる子供が男の子であったら、皇位継承第3位となり、天皇家存続 の危機は先に遠のくことになる。改正反対派が主張するように「時間はたっぷりある」 という雰囲気が生まれて、あわてて改正案を国会に提出しなくてもいいのではないか ということになってしまった。

しかし問題は、これがただの先延ばしにしかすぎないということなのである。秋篠宮 妃が静かに出産できるようにという名目の下に、あまり皇室典範問題の議論は活発に 行われまい。そして男子が誕生すれば、それこそ改正問題は吹っ飛んでしまうだろう。 ただ宮家も少なく、側室を置かない現代の天皇家では、安定した皇位継承は常に問題 になるはずだ。それをどうするのか、いま議論を続けることこそが重要だと思う。

男系男子にこだわるあまり、今まで一般市民として暮らしてきた旧皇族をいきなり天 皇にするのは一国民として納得できる話だとは思わない。天皇が日本国民統合の象徴 である以上、象徴としての教育があるだろうし、血筋だけの問題ではないと思うから である。

(Copyrights 2006 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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