再び靖国問題

小泉首相が17日に「私人として」普通の国民と同じように靖国神社に参拝した。ポケッ トから小銭を取り出してお賽銭をあげる様は、私人を演出しているようであまりにも わざとらしい。首相の周囲をSPが固め、一般人を排除している人間が「一般人」なの かと嫌みの一つもいいたくなる。そして例によって中国や韓国は反発し、町村外務大 臣の訪中が流れたり、韓国外相の訪日が流れたりした。そして例によって、国内でも 再び論議を呼んでいる。

朝日新聞の世論調査によると、「行ってよかった」という人と、「行かないほうがよ い」という人は拮抗している。よかったとする人の理由は、戦没者の霊を弔うのは当 たり前であり、外国からとやかく言われることではないということのようだ。また行 かないほうがよいとする人たちの意見は、いちばん多いのが周辺諸国に配慮すべきで あるというものだ。

この問題については何度も書いてきたが、私は中国や韓国がどう考えるかよりも、ま ずわれわれ日本人があの神社をどう考えるかのほうが重要だと思っている。あの場所 が戦没者を弔う場所としてふさわしいのかどうか、不戦を誓う場所としてふさわしい かどうかが問題だと思う。

人であれ、施設であれ、歴史的な役割を果たしたときには、その歴史から逃れること はできない。靖国神社も同じである。もともと明治天皇が戊辰戦争で戦死した兵士た ちを祀る神社として創設した。東京招魂社と呼ばれたが、明治12年に靖国神社と改称 した。戦死した兵士と書いたが、正確に言えば天皇のために戦って戦死した兵士を祀っ てある。すなわち官軍のみが祀られており、いわゆる賊軍(幕軍)の兵士は祀られて いない。内戦である西南戦争でも、政府軍と戦った西郷隆盛は祀られていない。

何のためにこうした兵士たちを祀ったのか。天皇のために立派に戦死した夫や息子た ちはいまや神になったのだと遺族に言うためである。すなわち現人神である天皇(天 皇が人間宣言をしたのは第2次大戦後)がこれら忠実なる臣民を神にしてやったとい うことなのだ。そしてこれらの英霊に続いてお前も戦えと国民を鼓舞する神社だった。 「立派に戦って靖国で会おう」というのが出征する兵士たちの合い言葉にもなったの はそれが理由である。多くの遺族が、靖国を大事にするのも同じ理由だ。靖国で神に することが、天皇による兵士たちへの「約束」だったからである。

だから戦っていない者たちへの配慮はいっさいない。つまり内地であれ外地であれ、 戦争の犠牲になった一般市民はまったく祀られていないのである。東京大空襲、沖縄、 広島、長崎、そして満州、たくさんの一般市民が犠牲になったが、それらの人々は無 視されている(沖縄のひめゆり部隊だけは後から抗議されて祀られるようになったと 聞く)。

この歴史的な経緯から見ても、靖国神社で不戦を語るのはあまりにもふさわしくない と思う。あの戦争で犠牲になった人々は300万余(日本人だけでこの数字だ)、その うち靖国に祀られているのは、230万人。すなわち70万人ほどの人々が靖国神社から 無視されている。もともとこの神社が陸軍省、海軍省の管轄下にあったことを考えれ ば無理もない話かもしれない(その一事をもってしても、軍人が民間人をいかに軽視 していたかがわかろうというものだ)。

犠牲になった人々を本当に追悼するのであれば、それはやはり無宗教の施設であるべ きである。いちばんこだわりのない、素直な形での追悼ができる場だからだ(ちなみ に、キリスト教信者の遺族が靖国から家族を外してほしいと言っても、外してくれな いのだという。天皇の「好意」を無にしてはいけないということなのだろうか)。

中国や韓国が言う「A級戦犯を合祀してある」という理由は、実は僕はあまり重視し ていない。東京裁判そのものが正当性が疑われるということもあるからだ。しかし時 の東條首相をはじめとする指導者が「無罪」であるとは思わない。百歩譲って戦争を 始めてこと自体は問わないとしても、戦争を終結するタイミングを逸したことは指導 者として恥ずべきことと考えるからだ。ドイツが降伏した時点で敗戦を受け入れてお けば、少なくとも100万人の命は救われたはずだし、シベリア抑留で何万もの人が命 を失うこともなかった。そのような指導者を、他の戦没者と同じように悼むというの は僕にとってむずかしい。

こうした観点から見ると、時の首相が靖国神社に参拝して「不戦を誓う」というのは ナンセンスきわまりないと思う。

(Copyrights 2005 Masayoshi Fujita 無断転訳載を禁じます)

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