スペシャルオリンピックス

先週末(7月16日)、国際女性ビジネス会議に行ってきました。特別講演は細川佳代子さん、細川元首相の奥さんです。テーマは、スペシャルオリンピックス。私はよく知らなかったのですが、知的障害者のオリンピックだそうです。今年長野で開かれたのですが、雅子妃が行く予定をキャンセルしたとかでちょっと話題になりましたね。スペシャルオリンピックスの競技の内容はわかりませんが、そのコンセプトは知的障害のある人たちが一生懸命努力し、彼らの能力を発揮させることのようです。話を聞きながら、不覚にも涙を流しました。

僕たちは知的障害者のことを知らない、彼らの素晴らしい能力のことを知らない、そう思いました。知的障害者だからこれぐらいのことしかできないだろうと勝手に決めつけるのは、「私たちの傲慢です」と細川さんは言います。そして彼らは、私たちが優しさや思いやりを忘れないために生まれてくる人々だといいます。彼らの能力が花開くように手伝うのは大変だけれども、やりがいのあることにも思えます。とてもいい講演でした 。

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コメント

短い文章の言葉尻を捉えるようで申し訳ないけれど……、反論というより率直な感想です。


「優しさや思いやりを忘れないために生まれてくる人々」だとか、「大変だけれども、やりがいのあること」だとか、同じような主旨の講演会やらに出席すると、これと変わらない、優しくて、お洒落で、奇麗で、格好いい、解ったような、そして、自分の都合の良い時だけ手伝う無責任な内容の話をよく聞かされます。で、これを聞かされるといつも「なに甘ったれたこと言ってるんだ」って気になります。というより、「腹減ったことがない奴に、どうして飢餓が解るのか」って、無性に腹立たしくさえ感じます。いったいこの講演会に、知的障害者を抱えた母親がどれ程参加できていたんだろう、と首を傾げたくなります。

義弟(妻の弟)には知的障害があります。あと数年で還暦を迎える歳になっていますが、幼稚園か小学校1年生と同じ程度しか理解できる能力がないと思われます。また、会話の能力にも問題(やや吃音で発音が明瞭ではないため、言っていることが家族以外の誰にもほとんど理解できない)があり、さらに、極端に恥ずかしがりやで人見知りし(やや自閉症的なところもあるのか?)、そのくせ、放浪癖(電車が好きで、目的もなく乗ってしまう。最近はやや収まっているけれど)もあります。

地方の農家に育ち、特に高学歴でもない大正4年生れの義母は、この自分の子に知的障害があると気付いた時、多分、自分の人生を捨てたんだと思います。日本中がまだ戦後の混乱のどさくさで、誰も彼もが喰うや喰わずの時代には、自分の人生をそっくりそのままこの子に懸ける以外に、彼女にはこの子を生かす方法が見つからなかったんだろうと想像します。以来、義母の生活の全てでこの子が優先しました。文字通り幼児で、四六時中纏わり就いて「ちょっと待っててね」ができないのですから、優先せざるをえなかったのです。

確かに、時としてその精神の純粋さに驚かされることはあります。心が神様みたいに優しくて、教えられることも少なくありません。しかし日常といえば、手の掛かる成長しない幼児を何十年も抱えて生活するのと同じで、うんこの付いたパンツを洗い、鈎裂きされたシャツを繕い、散らかった食べこぼしを拾い、汚されたトイレを掃除し、風呂に入れ、隣の家の塀に立ち小便をしたといってバケツとたわしを持って駆け出して行き、自分が体調を壊し熱などだした時には、その子を柱に縛り付けてから横になっている、そんな毎日を送っているのです。

同じ屋根の下で暮らしている訳ですから、妻も買い物やら洗濯やら、色々と手伝ってはいたようです。しかし、どんなに沢山の仕事をこなしたところで、それはやっぱり「手伝い」でしかありません。当事者とは異なります。当事者である義母は、たった1泊の温泉旅行もしたこともなければ、ファミリーレストランで食事をしたことすらありません。当事者には「温泉にでも行きたい」などというささやかな欲求すら許されないまま、時間だけが経過してしまって、今では欲求すら感じなくなっているのです。歯が痛い時でも、歯医者に行かないまま何十年と過してしまったため、義母の世界には歯医者さんが存在しないのです。

それでもまだ、義母が若くて、それなりに体力が残されているうち、当事者でいられるうちは何とかなったのです。数年前、家の中のちょっとした段差に躓き、腰を傷めて床に就いた時、気持が弱気になっていたのでしょう、しみじみと「ヒロ(子供の名)と一緒に死にたい」と言っていました。「なに馬鹿なこと言ってるの」と妻は怒鳴っていましたが、30年も同じ家で暮らしていれば、私にもその気持は解る気がします。

「彼らの能力が花開くように」するよりも、義母には、どうやって彼を「生かすか」の方がもっと重要でした。生かすためにやらなければならない仕事は際限なくあって、そして、生長しない自分の子を少しでも「快適に」生かすために、大正生れの母親は、精一杯自分の一生を使ってきたけれど、そうできたのも、自分が元気で生きていられることが条件であったわけです。その先がいよいよ見えてきたと感じた時、「一緒に死にたい」と彼女が考えたとしても、一体誰が彼女を責めることができますか。

この時を境にして、妻は「手伝い」の立場から、これを自分の問題として正面から対峙しなければならない「当事者」の立場になりました。義母も既に自分の食事の用意も侭ならない歳になり、さらに近年、認知症の傾向もでてきた、となって、それらの全ての事柄は妻の仕事となってのしかかってきたわけです。そういう状況になってからまだ僅か3、4年しか経っていません。ですが、早くも顎が上がった状態です。普通、母親は娘より先に彼岸に旅立ちます。しかし弟は、と思うと、顎が上がってしまうのも無理ないと理解できます。

スペシャルオリンピックスに出られるような、ごく恵まれた1人の後ろには、何千人ものただの知的障害者がいるのだと思います。しかもその一人ひとりが、それぞれ皆異なった症状と障害や個性を持っていて、結局それらの障害者は、家族、ほとんどの場合その母親が、24時間、365日、死ぬまで、付きっきりで面倒見なければ、ヒトとして、並みの生活すらできないのが現状です。その意味では、行政は全くあてになりません。

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以下は、行政がいかにあてにならないかの例になるかもしれません。

「愛の手帳(障害者手帳)を持っていて、20歳より以前からその障害があった人には、20歳から福祉手当(年金)が支給されるはずです」と教えてくれたのは、義弟がまだ小学生から中学生の歳だった頃にお世話になった養護学校の先生が、5年程前、我が家を訪問してくれた時でした。先生は、養護学校を引退されたあと、自分が拘わった子供たちを一人づつ訪問し、卒業後も元気にしていたか、困っていないか、とこつこつ確認して歩いているとのことでした。

義母は(妻も)そこで初めて、そのような制度があることを知りました。新聞とテレビ以外に社会との接点がほとんどない義母は、そのような情報をどのようにして手に入れれば良いのか知らなかったし、愛の手帳を交付している自治体だって、30年以上、誰も、そんな制度があることを教えてはくれませんでした。さらに、それを知ったからといって、ではどうすれば良いのか、義母にはわかりません。以来妻は、養護学校の元先生に教えられながら何度か自治体を訪ね、そのような年金制度があるのかどうかを含め、申請に必要な情報集めに走り回りました。

いよいよ、障害者年金の申請手続をするために市役所を訪れた時、まず、「20歳以前に障害があったという診断書をもってきてください」と、担当の係官に言われました。妻は一瞬耳を疑いました。この係官は「たかが30数年前の診断書なんか、『はい』と言って誰でもが簡単に出せるものだ」と、本気で考えているんだろうか。確かに申請には、「20歳より以前から知的障害があった」と証明されることが必要なのかもしれませんが、それを証明する義務は、どんな場合も、一方的に申請する側にあるのでしょうか。この1点だけとっても、義母だけでは、年金の支給を申請する手続をすることは不可能だ、と感じました。

行政ってこんなもんです。何も教えてくれないけれど、それでも必要な書類を揃え、正確に申請さえすれば、受理した後の年金は支払われます。しかし、申請がなければ全く動いてくれません。つまり、「申請できない人」は、行政にとっては「存在しない人」なのです。

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毎日毎日、障害者と付き合わざるをえないでいると、「優しさや思いやりを忘れないために生まれてくる人々」だとか、「大変だけれども、やりがいのあること」だなんて、正直なところ言ってもらいたくないし、聞きたくもない、それが本音です。

2歳になる知的障害の息子を持つ父親です。
久保さんのコメントを読み、当事者の1人として、少し気持ちを書きたいと思います。

まず、部外者が当事者の気持ちになって発言するというのはどんな分野であれ難しいことだと思います。
ただ、藤田さんが細川佳代子さんの講演を聴き、涙したというのはすばらしいことであるな、と素直に感じました。

私は息子が生まれるまで障害と何の関りもない生活をしてきました。
障害者の父になって初めて、障害者はかなりの率で存在していることを知りました。知的障害者は人口の0.4%程度(身体、精神をあわせた障害者は人口の5%)ということなので、250人に1人は知的障害者であるということです。

これはそれほど少ない数字ではありません。それなのに今まで私は自分の人生にはまるっきり関係のないことと考えてきました。それだけ障害者は世間から無視されてきたのだと思います。

自分には無関係と考える人は多いと思いますが、自分の知り合いに障害児が生まれることは決してまれではないのです。
健常の人が(知的も含めた)障害者がいるという事実を広く知り、もっと身近に感じていただきたいと思っています。
細川佳代子さんの活動によってより多くの人が知的障害者を認知してくれることは重要ですし、藤田さんのようなジャーナリストが障害について興味をもつことも喜ばしいことです。

部外者には部外者なりの理解の仕方はあると思います。
藤田さんには、機会があれば今後も、障害者に対する発言を続けてくれることを希望致します。

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