さすがロンドン警視庁、でも・・・

世界を震撼させたロンドン同時多発テロ。まだ爆破された地下鉄車内で遺体捜索が続 いているというのに、ロンドン警視庁は自爆テロを実行した4人を特定し、彼らが住 んでいた場所を家宅捜索、爆薬などを押収した。さらに事件に関係していると見られ る人物を特定している。さすがに世界の警察が手本とするスコットランドヤードだ。 その捜査力を支えているのは、市内2500カ所に設置された防犯カメラである。

1949年、イギリスの作家であるジョージ・オーウェルは『1984年』という作品を書い た。ここで描かれた社会は、全体主義国家であり、国民はまさに一挙手一投足を監視 されている。オーウェル自身や左翼的な作家であるが、この作品はスターリン時代の ソ連をモデルにしたような感じである。「監視社会」というと、すぐ思い浮かぶのは かつてのソ連や東欧、そして今では北朝鮮だろう。

しかし実際には、監視社会といえばむしろイギリスなのかもしれない。いくら防犯の ためといっても、監視カメラがあちこちに設置されているというのも異様な感じがす る。そしてその映像を片っ端から分析して、実行犯たちが地下鉄のキングスクロス駅 に集合している姿が撮影されていたのを確認したという。そこから身元を割り出すま であれほど早いということは、まだ他に隠された情報を当局が持っているということ を意味しているのかもしれない。

テレビのインタビューに答えた市民はこう言った。「安全になったのだから(監視カ メラも)いいんじゃない」。しかし安全になったのかどうか。現にテロ事件は起きて しまった。パキスタンでロンドン・テロ攻撃という情報があったといい、一部ではそ れを阻止したとも言われているが、結果的に50人を越える人々が犠牲になっている。 それに監視カメラがあっても事件を防ぐことは不可能に近い。単純な粗暴犯はカメラ を意識して思いとどまることもあるだろう。しかし自爆攻撃を仕掛けるだけの確信を 持ったテロリストは、監視カメラでは防げない。今回の事件でイギリス当局の捜査能 力がわかったから、テロリストはこの次にロンドンで事件を起こすときはもっと慎重 にやろうと思うだけである。

つまり監視カメラをいくら設置しても安全になるとは言い切れないということだ。ロ ンドンでは平均的市民が1日に30回も顔を撮影されているという。そしてその撮影さ れた画像がどういう状態で保管されているのか、あるいは利用されているのか、わか らない。日本では、Nシステムという装置があって、道路で車両のナンバープレート を撮影している。車を使った事件が起きると、このシステムによってその車がどこを 走ったのかわかる仕掛けになっている。しかし自分の車が写っている情報をわれわれ が確認することも、開示を要求することもできない。ロンドンでも日本でも、そもそ も自分が写されたかどうかわからないのである。

もちろん犯罪に関係のない人は心配しなくていいと警察当局は言うだろう。少なくと も今のところはそうかもしれない。しかし時代が変われば、どうなるかわからない。 当局が意図的に反体制的な市民を脅迫するために、防犯カメラで撮った写真などを悪 用することだって考えられないことではない。中国や旧ソ連では、ホテルでの行為を 盗撮された外交官やジャーナリストが、後からスパイになるよう脅迫されたという話 をいくらでも聞いた。つまり個人の秘密に属するような情報を当局に握られると、極 めて危険なことにもなりかねないのである。EUでは、今回の事件を受けて、電話や電 子メールの記録も保管するという方針を打ち出したようだが、これなどかなり危ない 選択だと言うことができる。

その意味で、ロンドンの監視カメラが突きつけているのは、なかなか厳しいジレンマ である。監視カメラで四六時中撮影されるような社会でも安全であればそのほうがい いと思うのか、監視カメラはほとんどなく結果的に犯罪も起きる社会のほうがいいと 思うのか。もちろん犯罪に関わっている人間だったら後者のほうがいいと思うだろう が、ここで想定する読者は遵法精神に富む善良な市民である。そしておそらく答えは、 その両極端の真ん中辺りになるだろうと思う。そこそこに監視されていて、そこそこ に安全な社会である。ただわれわれは監視カメラの情報がどのように利用されるのか、 極めて慎重に見極めなければならないと思うし、それがおかしな方向で利用されない ように、それこそ「監視」していかなければならないと思う。

この記事は私の週刊メルマガ"Observer"に掲載したものです。

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