見習うべし、NYタイムズ記者の潔さ

メディアをめぐるいろいろな問題が多いが、今度はアメリカの一流紙であるニューヨー クタイムズ紙の有名記者が、取材源に関して裁判所で証言するを拒否したために法廷 侮辱罪で収監された。

事件のあらましは以下のとおりである。ブッシュ政権がイラクを攻撃する一つの材料 として、イラクによるウラン購入疑惑が挙げられていた。ところが後になって、そう いう疑惑はもともとなかったとアメリカの外交官が発言した。そしてその外交官の妻 が実はCIA(米中央情報局)の工作官であるという情報がリークされ、それが報道さ れた。CIAの工作官の名前を公表することは法律で禁じられているため、リークした 政府高官は誰かという捜査が行われている。その過程で、さまざまなジャーナリスト が取材源について連邦大陪審で証言するよう求められた。それに対して、一部のジャー ナリスト取材源の秘匿は記者の義務であるとして、証言を拒否した。判事は拒否した ジャーナリストを法廷侮辱罪で収監する決定を下したのである。

実はこの問題ではタイム誌の記者も収監されそうになっていた。しかしタイム社は、 取材メモを提出することに同意し、それで記者に対する証言要求を取り下げてもらお うとしていた。しかしあくまでも証言しなければならなくなって、結局タイムの記者 は情報源とコンタクトを取り、名前を明かしてもいいという同意を得て、証言するこ とにした。つまりタイムの場合は、情報源が名前を明かすことに同意したから証言す るという形を辛うじて作ったと言える(誌面では明らかにしていないのだから、タイ ム誌はこの後、読者に対しても名前を明らかにする義務があると思う)。

ジャーナリストが取材源を秘匿するのは、ジャーナリストの義務であるが「権利」で はない。つまり取材源と「匿名」を条件に取材している限りにおいて秘匿しなければ ならないのであって、取材者と取材源との約束事であるにすぎない。が憲法上の報道 の自由とどういう関係になるのかは、実はそれほどはっきりしているわけではない。 報道する側は、もし取材源を秘匿できなければ将来にわたって取材がむずかしくなり、 ひいては報道の自由を確保できないことになると主張する。しかし、公共の利益の前 には、この特権もきわめて危ういものになる。たとえば犯罪の証拠として報道のビデ オが証拠請求されたこともあるが、もしそうしたビデオが犯罪の証拠として使われる ことになると、たしかに取材はしにくくなる。大使館に石を投げつける姿をビデオに 撮ったら、カメラマンは襲われるかもしれない。

明らかに違法行為であり、その証拠としてビデオを提出するのは必ずしも報道の自由 を危機にさらすことにならないかもしれないが、やはりこれは断固拒否するほかはな い。なぜなら「公共の利益」というような言葉には、必ずグレーの部分が存在するか らである。権力を持っている側に自由に解釈できる余地を与えると、だいたいの場合、 ろくなことにはならない。公共の利益をお題目にして、取材源を明らかにするようメ ディアに迫るといった事態が容易に想像される。それはメディアに対する圧力にもな るし、取材される可能性のある人々に対するプレッシャーにもなる。

その意味では、断固として証言を拒否したニューヨークタイムズ紙のジュディス・ミ ラー記者は立派なものだと思う。そして彼女はこう言ったそうだ。「取材源の秘匿と いうジャーナリストの免責特権は守られなければならないが、裁判所の決定には自分 は従わなければならない」。そう言って彼女は最長で4ヶ月収監されることになった。 このミラー記者の潔さと比べると、タイム誌の決断は、どうも納得がいかない。記者 の収監を避けるために取材メモを提出するという決断をしたことなどはどう考えても 「不見識」のそしりを免れまい。

ロンドンで爆弾テロが起きたために、この問題はその重大性にもかかわらず、やや霞 んでしまうだろうと思う。しかしジャーナリストのはしくれとして、自戒の念も込め て言えば、取材源の秘匿が特権として認められている(すなわち保障されている)と 思いこんでいるジャーナリストが多くないだろうか。日本国憲法のどこを読んでもそ んなことは書いてない。公務員に課されているのは守秘義務であり、それに違反すれ ば罰せられる。ジャーナリストには法律的な守秘義務などない。あくまでも倫理的な 義務であるから、ときには権力によって放棄するよう迫られる可能性もある。そのと きに、どう戦うか。それでそのメディアやジャーナリストの覚悟のほどが測られるの である。自分がそういう場面に至ったらどうするか考えておきたいと思う。

この記事は私の週刊メルマガ"Observer"に掲載したものです。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/142250/6271755

コメント

自分がもしそういう場面に至ったら、どうするか……、どうしよう? って、マア、本人が心配するほど、そんな場面に遭遇するような仕事してねえ……ってか。
ハハハハハ(←これ、さびしい笑い)

コメントを書く

ページトップへ