報道、記者そして責任

このところ、報道をめぐるいくつかの「事件」が立て続けに起きた。なかでも注目を 集めたのは、あの「ディープスロート」が30年以上の歳月を経てその正体を明かした ことである。ニクソン大統領辞任のきっかけとなったウォーターゲート事件を追及し たのはワシントン・ポスト紙だが、その報道を裏で支えたのが匿名の政府高官「ディー プスロート」だった。名乗り出たのは、当時、FBI(連邦捜査局)副長官だったマー ク・フェルト氏である。この事件は本にもなり、映画にもなった。新聞記者として事 件を追ったボブ・ウッドワード氏とカール・バーンスタイン氏はそれ以来、一躍花形 記者となっている。そしてこの事件以来、調査報道という言葉がジャーナリストたち の在り方として、そして憧れとして定着していく。

しかし匿名の情報源というのは危険もはらんでいる。それを如実に示したのがニューズウィーク誌の「誤報」問題だ。アフガニスタンなどで拘束されたタリバンやアルカイダの戦闘員が収容されている米軍のガンタナモ基地。そこでイスラム教徒である彼 らにショックを与えるために、コーランをトイレに流したと軍の報告書が書いている と報じたのである。この記事が広まってアフガニスタンでは暴動が発生し、死者まで 出た。ところが軍の調査によればそういった事実は確認されず、もちろん軍の報告書 にも記載されていなかった。ニューズウィークの記者たちはいちおう政府高官に確認 を取ったものの、否定されなかったことで「肯定」されたと思いこんだという。これ を契機に、同誌では匿名の取材源について厳しい制限を課すことにした(具体的には 記者だけしか知らない匿名取材源は認めず、必ず編集幹部の承認を得るという規則を 設けた。

そしてもう一つ。ジャーナリストの櫻井よしこ氏が薬害エイズ事件に絡んで、帝京大 学の安部副学長から名誉毀損で訴えられていた事件である。最高裁は、安部氏の訴え を退け、名誉毀損にはあたらないと判断した。争ったポイントはいくつかあるが、製 薬会社の要請を受けて安部氏が加熱製剤の導入を遅らせ、結果的に非加熱製剤によっ て血友病患者をエイズに感染させたと信ずるに足る根拠があるかどうかが主な争点で あった。高裁は名誉毀損を認めたが、最高裁はその判断を退け、櫻井氏が勝訴したの である。

ジャーナリストは、ほとんどの場合、事実自体を知ることはできない。つまりある事 実の目撃者になるようなチャンスに恵まれることはほとんどない。あくまでも何か事 故や事件があってから動きだすのだから、当然のことながら、さまざまな証言を集め、 そこから事実(と思われるもの)を再構築していくしかない。再構築である以上、そ れは事実そのものではない。ただジャーナリストはその職業的良心からできるだけ事 実に近くなるよう再構築しようと努めるだけだ。確実な証拠など手に入らないのが普 通であるから、真実だと信じるに足る「証拠」があるかどうかが問題になる。その証 拠とはたいていの場合、証言である(書類を入手できる場合もないことはないが)。 そして調査報道の場合、その証言をしてくれる人は「内部」の人間であることが多く、 そういった人間は匿名を条件にすることが多い。実際、記者と接触しているところを 見られるのを恐れる情報源と、ホテルの部屋とか銀行の貸金庫で接触したこともある。

こういった匿名の情報源は、明らかになっていない事実を話すことが多いため、つい つい取材する側も真実と信じたくなる。スクープが欲しいという功名心もあるために、 判断が甘くなってしまいがちだ。ところが、匿名の情報源には打算や計算がある。と きには「悪意」もある。だから一歩間違うととんでもない誤報になることがある。実 際、そういった誤報は、新聞や雑誌、テレビでも数え切れないほど存在してきた。

しかし、誤報のリスクがあっても、あるいはどうにも確証が得られない場合でも、必 要だと考えたら伝えざるをえない。間違いであることが判明したときの自分たちの損 失と伝えなかったときの社会の損失を天秤にかけなければならない場合がある。そし て結果的に間違えたら、素直に謝るしかない。櫻井氏が記者会見で言ったように、ジ ャーナリストとして自分で責任を取るしかない。

この記事は私の週刊メルマガ"Observer"に掲載したものです。

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コメント

長い文章だけどちょっと内容が2重になってます?

藤田さん、お久しぶりです。こんなところでお会いするとは・・・。ITオンチの私でも、ザウルスって使えますか?

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