反日運動をどう受け止める?
「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書が検定に合格してからというもの、韓国 や中国で一段と反日運動が強まっている。中国との間では、歴史認識の問題をはじめ、 尖閣諸島の領有権問題やら中国原子力潜水艦の領海侵犯、それに小泉首相の靖国参拝 問題とさまざまな問題がある。韓国との間には、靖国参拝問題はもちろん竹島の領有 権問題、それに一連の歴史認識問題がある。
ただ「謝罪」という意味では、中国に対しては国交正常化以来、何度も「中国に人々
に苦しみを与えた」というような表明を総理大臣がしている。韓国に対しても同様だ。
そして多くの日本人は、韓国の植民地化や中国への侵略を正当化するつもりなどまっ
たくない(過去の歴史に鈍感な人々がいることは否定しないが、それはどこの国にも
いる)。「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書が検定に合格したからといって、
日本人がすべてそう考えているわけではないし、また実際にその教科書を採用するか
どうかは、それぞれの学校なり自治体の教育委員会なりに任されている。そしてつく
る会の教科書を実際に採択した学校はごく一部にとどまったのである。
そういう意味では、今回の反日騒動に戸惑った人も多かったかもしれない。「いっ
たいいつまで祖父や父親がやったことを謝れというのか」という気持ちになった人も
多いだろう。60年たってなおこうしたことを言われ続けるというのは、政府の処理の
仕方が悪かった、十分でなかったからだという論調が多い。国内のリベラルな新聞や
それに海外のメディアでもそうした論調が目立つ。果たしてそうなのだろうか?
以前にもどこかで書いたことがあるが、第二次大戦が残した最大の問題は、日本の
社会の価値観であったと思う。私は完全に戦後民主主義の教育を受け、「戦後の社会
は善、戦争前の社会は悪」と植え付けられてきた。子供心にそう信じていたのである。
その悪の社会を仕切っていたのは悪名高い軍部である。そこでいつも不思議に思って
いた。それでは、両親や先生など戦前から生きてきた人たちは息をひそめて悪の社会
で生きてきたのだろうか。
例としてふさわしいかどうかわからないが、ナチス支配下のドイツでは、ユダヤ人
はそれこそ悲惨な生活を余儀なくなされ、やがて虐殺された。しかし一般のドイツ人
(ゲルマン民族)でナチスを支持した人も少なくなかったはずである。だからナチス
は正しかったと言うつもりはまったくない。同時代の一般市民は、何が正しく、何が
悪であるか、それほどはっきりした考え方を持てるわけではないと言いたいのである
(すぐれた人の中には、自分たちの置かれている状況をかなり正確に把握し、後代の
人間が読んでもハッとさせられるような指摘をする人がいることは事実だが)。「歴
史は歴史家がつくる」といわれる所以である。
だから私の両親(父は徴兵されて中国戦線に行き、帰還した)は、「あの戦争
はABCDによって戦争に追い込まれた結果だ」と言いながら、日本を占領しているアメ
リカが持ち込んだ民主主義についてはそれをいいものとして受け入れ、どちらかとい
うと親米派であった(僕のほうが、学生時代はむしろ反米主義者だったのだが)。
ちなみに現在のドイツでは、ナチス思想を禁止し、ナチス的なものの復活を絶対に
許さないという姿勢である。それが高く評価されている理由なのだが、ひるがえって
日本を見ると、戦前の政治思想、たとえば超国家主義を憲法や法律で禁止すべきだと
いう議論があったとは聞かない。戦前のものを「悪しきもの」として封印したのは、
「軍」という呼称だけである。
どうもここに腑に落ちないところがある。戦前の領土拡張主義が国のあり方として
許されないことであるというのは、20世紀の半ば以降は自明のことだ(イラクのフセ
インがクウェートを侵略したときに世界が一致してイラクを叩き出したのは当然だっ
た)。しかし日本では、「朝鮮の併合を歓迎した人もいた」と主張することで、戦前
の日本の行動を正当化しようという(少なくともそう見える)人や団体もいる。この
あたりのチェックがわれわれの中で弱すぎることが実は問題なのだと思う。戦前の歴
史を悔いるのではなく、戦前の歴史で何が間違ったのか、どんな考え方が受け入れら
れないのかを現代の価値基準からじっくり考えてみる必要があると思う。それが日本
や日本人を主張する根拠になるだろうし、主張すれば理解もしてもらえるだろう。靖
国参拝で小泉さんの顔が見えたというのでは、日本や日本人が理解してもらえない、
あるいは誤解されるのも当然だという気がしてくる。
この記事は私の週刊メルマガ"Observer"に掲載したものです。
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本日も中国で反日デモが起こっている。今回は、上海である。2万人が参加し、一部が暴 [続きを読む]
- トラックバック時刻: 2005/08/04 10:46:34
- From: ■グロービス堀義人ブログ
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