首相の靖国参拝は止めるべき

中国の反日デモがなかなか収束の兆しを見せない。現地に進出している日本企業や 中国に住む日本人の人たちはさぞかし不安に思っているだろう。日本政府もどうソフ トランディングさせるか、気を揉んでいると思う。そしておそらくいちばんイライラ しているのは中国政府だ。3週連続で続いている反日デモがさらに続くようだと、ま さに政府の統治能力が疑われる。3年後には北京オリンピック、そして5年後には上 海万博と控えているだけに、イメージダウンは絶対に避けたいところだ。かといって、 「愛国無罪」を叫ぶ若者を弾圧したりすれば、デモはますます手がつけられなくなる だろう。

だから中国としては、たとえば小泉首相が靖国参拝を止めてくれればと思っているに違いない。そうすれば、デモを止めさせる根拠ができるからである。そしてもちろんわが小泉さんは靖国参拝を止めるつもりはない。「戦争で亡くなった方に弔意を表 し、不戦を誓うために参拝しているのだから、わかってくれるはず」というのが首相 の持論である。そして小泉さんの言うことにいちおう納得している人も多いと思う。 A級戦犯もいっしょに祀られているから、首相は行くべきではないという議論は、日 本国内では多数派とは思えない。

ある中国人はこう言っていた。「中国政府は、日本人がすべて悪いわけではなく、 悪かったのはA級戦犯だ、とわれわれに説明してきた。だから靖国に参拝していた昭 和天皇もA級戦犯が合祀された後は行かなくなった。だから、日本と政治的な交流を し、経済的な関係を強めることを国民も認めてきた。それを首相が参拝したら、中国 政府は国民に顔向けができない」

小泉さんは、「不戦を誓っている」のだから中国や韓国もわかってくれるはずだと いうことのようだが、このあたりはどう贔屓目に見ても「独りよがり」のそしりを免 れまい。政治的にむずかしい問題を引き起こすことがわかっていて、なおかつその解 決策が自分の胸にあるわけでもないのに、わざわざ靖国に参拝して案の定中国との間 で「政冷経熱」と呼ばれるような状況をつくりだしたのは一国の指導者のとるべき態 度ではない。実際、参拝を始めてしまったから、今さら止めればそれこそ日本国内で むずかしい問題が起きるだろうし、反中感情も一気に高まることになりかねない。つ まり首相は、自分の意思で日中間にむずかしい問題をつくりだし、解決できないから 「不戦の思いを新たにする」という呪文を繰り返しているだけなのである。

僕自身は、首相が靖国神社に参拝するべきではないと思う。A級戦犯が合祀されて いるからではない(第一、すべては彼らのせいだなどというのはおかしな話だ。前回 のこのコラムで書いたように私の両親も含めて多くの日本人がその当時の政府の方針 を支持していたはずなのである)。日本の指導者が不戦を誓う場所として、靖国神社 ほどふさわしくない神社はないと思うからである。

靖国神社は、明治維新のときに戊辰戦争で亡くなった兵士を慰霊するためにつくら れた神社である。そこから戦争のたびに、亡くなった兵士が祀られるようになった。 ここに但し書きがつく。「天皇のために戦って亡くなった兵士」である。だから戊辰 戦争で戦った幕軍は当然祀られていないし、西南戦争という「内戦」で反乱軍だった 西郷隆盛などは維新の功労者であるにもかかわらずやはり祀られていない。そしてそ のルールは太平洋戦争でも適用されている。誰が祀られていないか、考えてみてほし い。東京大空襲、広島、長崎の原爆、沖縄戦と、この戦争では民間人の犠牲も多く、 犠牲者を全部合わせると300万を越えるとされている。しかし靖国に祀られているの は210万余だから、90万人ぐらいの祀られていない犠牲者(ほとんどは民間人)がい ることになる(なお祀るとは神道の神になるということだが、宗教上の問題はここで はいちおう置いておく)。

しかも靖国神社は慰霊のためだけでなく、あの戦争の当時は戦意を鼓舞するために も使われていた。特攻隊の出撃にあたって、「諸君は神になる」と訓示した隊長がい たそうだ。神にしてあげるから、心おきなく死ねと言って送り出したのである。学徒 出陣する学生たちが友人同士で「靖国で会おう」と言って出征していった話などを聞 くと、そこまで靖国神社が当時の日本人の心を占領していたのだという感じがする。 ずっと戦争を鼓舞してきた神社に、不戦の誓いのために参拝するなどというのは、歴 史感覚の欠如以外の何物でもない。

とはいえ、ここまでこじれてきてしまうと小泉首相も引っ込みがつかない。もしこ こで止めますと明言したりすれば、国内で尻に火がつく。しかしもし参拝すれば、今 度はそれこそ抑えきれない反日感情の嵐が吹き荒れるかもしれない。今は割に中国に 批判的なほかの国々も、そのときにはいっせいに小泉批判に向かうだろう。いっそ郵 政民営化問題で玉砕して、さっさと私人になれば靖国に心おきなく参拝できるだろう に。そう思いませんか、小泉さん。

この記事は私の週刊メルマガ"Observer"に掲載したものです。

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